わかりやすく書くことの弊害。 | 感覚派の幸せ&文章講座

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繊細で感性豊かな人がいちばん幸せになれて、生かされる居場所を見つけることや育む言語化サポートもさせていただいています。


今日は2回目の更新です♪


ひとつ前に、内なる声を聴くヒント をアップしましたが

端的にまとめると、3つだけ。


①「今」幸せになること

②呼吸を整える・深呼吸する

③その満たされた状態で浮かんでくる“小声”に耳を傾ける


以上、おわり^^


とてもシンプルなんですが、

あえて論理的にわかりやすく書いてしまうと


肝心な「拾う」チカラがなくなってしまう…

肝心なメッセージに「気づける」チカラもなくなってしまう。



ほんとうに大切なことは、日常のいたるところに

メッセージとして潜んでいるものだから、


「いつでも」「わかりやすく」「咀嚼・強調された」そればかりに

慣れ過ぎると

せっかくの【読む】チカラ=【感じる】チカラが消えてなくなってしまうから…



他の誰かがわかりやすく解析・箇条書きしたものばかりに

慣れすぎないこと。


「そのまま鵜呑み」の状態でしか情報を取り入れられない人になることは

究極

「他人軸」を生きやすくなってしまうから。


【「自分で感じる」「自分で咀嚼して受け取る」こと】


ここも、情報過多の時代大切していたいですね^_^





ライター的仕事においては、「わかりやすく書くこと」。

それを軸に

こまか~いところまで実は【左脳で】お手伝いさせていただいていますが。


個人的には、

みえない内側・こころを扱う仕事をされるにおいては

ときに それは “依存” を生む…

と感じています。


「あの人なら、答えを わかりやすく教えてくれる♪」って。

  


そして、色付けや強調・デフォルトフォントで

書かれたものや部分でしか受け取れなくなる…


これって、すこし、こわいかなって☆




淡々と、そしてさらっと書かれた中にある、

また日常に散りばめられた中にある、真のメッセージや答えに気づくこと、

気づけること。


これが、ほんとうに「自分の声」を拾う、聴く何よりのヒントになるから♪


チカラになるから。



オトナになったら、学校のように

「誰も」求めている答えを教えてくれない。


【自分を信じて、自分で感じていくしかない。】



面倒でも、その自立のプロセスをとおして

精神面が育ってゆくように感じます。


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「感じる」チカラ。

派手なほうがSNSでは目立つけれど、

地味だと その雑踏にかき消されてしまいがちだけど。



自分にとって、大切な信念は

そっと持ちつづけていたいもの。


“まわりに合わせて”よりも

“自分らしく”“自然体で”あれることを、尊重したいもの。



いつのまにか、“まわり”に染まってしまっていませんか…?




選択権を、読み手に与える文章。

ゆだねる文章。


すなわち“ゴール”のない文章というタブーを

超えていけたとき

読み手にとってのゴール(答え)に導ける本が書きたい。



最後はなんだか脱線気味かもしれませんが

「答えは手がもっている」ことも多いから、そんなときも楽しんで♪


【あなたが今伝えたいこと】を、

いつでもたくさんお聴かせくださいね^^


長文、最後までお読みくださりありがとうございます。