答えは、「手」から出てくる。

これだけでは「何のこと?」となるかもしれませんが、
ほんとうの答えって「口」よりも「手」が知っていることってありませんか?
特に、瞬発的な言語化がニガテで
感性豊か=繊細な宇宙人の方は、
アタマを使わずに、思考をどこか追いやった状態での
「書く」や「撮る」「弾く」「作る」「織る」といった行動の先に出てくるもの、
手からあふれ表現されるものの中に“答え”が宿り
“宇宙”が宿り
突き抜ければそれが“作品”と呼ばれるものになっていく…
「自己表現」って、社会貢献・相手目線の仕事位置からみると
とっても幼稚で、未熟な段階の文章かもしれない。
けれど、自己表現も、その“自己”を超えるくらいのものになれば、
「自己表現」を超えて「宇宙表現」=「作品」になっていくのでは?と個人的には感じています。
自身も、そうありたく
もうひとつの、方向性。
そうして誰かが中心から奏でたものが
またどこかで他の誰かのこころに広がり、
その人の自然な姿や愛の波動=仕事がまた充電された形で拡がっていく…
作品で、生計を立てている人をこころから尊敬いたします。
他者目線で、生計を立てている人もこころから尊敬いたします。
「アーティスト型」のひとと、「ビジネス商人型」と、いろんな文章があるなかで
自分の制限さえなくせばきっと「どちらも」バランスを取りながら
または“極”を突き抜けながら
わがままに「ありたい自分」を生きてみるのも悪くない。
「どちらか」なんて、ナンセンス♪
先は何も見えなくても、自分が魂から望むもう一つのことにも蓋をしない♪
自己表現も、“自己”を完全に超えれば宇宙表現=作品になる。
手から出てきたものが、その人のコタエ。
感覚派の方は、そうして「話す」以上に「書く」ことも通して
自分の方向性やコタエや、未来も大切にされてくださいね。
感覚のまま一気に書いたので、編集はあとから~♪