「書く方向性」の見つけ方。 | 感覚派の幸せ&文章講座

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繊細で感性豊かな人がいちばん幸せになれて、生かされる居場所を見つけることや育む言語化サポートもさせていただいています。


ずっと以前にも書きましたが

「書く方向性」つまり「軸」の見つけ方。


それは「なんとなく」にフォーカスすること

し“続け”ること。


なにごとも継続が大事で、

自分は唯一続いているのがブログで

ブログを書くときはできるだけいろんなことを


“空(から)”


にして書くのですが


そうしてなんでもない、

なんにもない

何者でもない自分であれたときに


「自分の魂はどこを向くのか?」


そんなことをずっと、日々ハミガキとおなじくらいの習慣として

もち続けていくと

あるとき


「え、これ!?」


というのが

意外なところから

意外なかたちで浮かび上がってきて

まとまっていくものです。


  


「書く」とはふしぎな力で、

文章や本を「読む」ことで気づき、支えられる何かがあったとしても

自分で「書く」、

自分のなかから出てきたことばや文章によって

「書く」ことで自分が支えられていく。


そんなことも日々体感していくとさらに

「書く」ことのおもしろさや神秘に目覚め、


書きながら「内側の指針」と「直感」で生きるには?


そんなところまで

いくらでも話がブログを超えて

どこまでも広がっていきそうです。


  


書くように話す、

話すように書く。


「書き言葉」と「話し言葉」は違うのは

多くの方が知っている、周知の事実ですが


話していないのに、書けてしまう。

まだ感じてもいないのに、ことばが先に出てきてしまう。


そして

出てきたあとに、

一気に書きあがったあとに


「これ、誰が書いたんだっけ?」と記憶になく、

しばし自分の潜在意識と対話(調整)した後にやっと、


「あぁ、そういえばこんなこと思ってた!」

「こんなこと言いたかった!」

あとから“理解”が追いかけてくるとき、


「思考」を、「言葉」が超えている状態。


つまり「なんとなく」を生きている状態♪



思考で考えて書くのではなく、

ある意味記憶がないくらい、

遠く遠いもといた世界から

ふるさとからこちらに言葉を導きだすとき


「なんとなく」を生きている状態♪



そして、その積み重ねの中で

繰り返しの中で


「自分は 何をしに ここに生まれてきたのか?」


見たくないものまで(笑)観えてくるというオマケつきで

あるとき

“じわっ”と軸が浮かび上がる。


   

もちろん、「行動」は大切♪

なんにもしないで、ずっと机にへばりついてたって

年を重ねるだけ。


そうではなくて、「やることやって」+「アンテナの立つことは色々やって」=

ふと“ 静 ”に還るときに

「なんとなく」の世界から通達がくるというか、

「 空白  」からメッセージが宿るというか

ふしぎな時間をともなって、人生という名の旅が続けられていく。



だから、ある意味よくある左脳での“ 質問 ”に答えられないというのも

一つのメッセージ♪

(答えられない)という空白こそが答えで

その空白を追っていくとき、

感じていくとき


“質問のサイズ”を超えた、どこにもあてはまらない自分だけの答えを

自分だけのコトバ(=ソウルヴォイス・魂の声♪)を拾っていける。




…と今回は、思いきり感覚のままで書いているので

“初めて”訪れてくださった方はごめんなさいね☆あやしくて(笑)


けれど、言葉の世界がほんとうにおもしろくて、

純粋に「書く」ことの不思議さに目覚めてくると

自分が先か、コトバが先か

ニワトリが先が、卵が先かみたいな感覚にもなってくるし


「コトバという先導師」についていくことはきっと

宇宙の流れに、また宇宙にゆだねながら生きていくということ。



余計な自我が減る

減ったときに、またもうひとつ軸の外皮がめくれ、

より内側の真皮(神秘)に近づいていくのでしょうね。


  


今回ただただ、流れるように、流されるまま書いた記事につき

「こんなメリットが提供できます」

という完成記事からは離れ

感性記事となっていますが

おゆるしくださいね。


ほんとうの役目は、逃げたい”ところにある。


これについても、また必要な方がいらしたら

どこかでいろんなかたちでシェアさせていただきますね♪



思わず長くなりましたが、長文お読みくださりありがとうございます。