「書き続ける」ためのメンタリティー。 | 感覚派の幸せ&文章講座

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繊細で感性豊かな人がいちばん幸せになれて、生かされる居場所を見つけることや育む言語化サポートもさせていただいています。


          鬼は外、軸は内♪


  


「書き続ける」ための、メンタリティー。


なにかを「続ける」って、


カンタンなようで


実はアタリマエではないのかもしれませんね。



ブログの継続率も、ン十人中ひとりなのだとか♪


数字を勝手に公表することは控えますが、


そしていい意味で祝・卒業される方もいらっしゃると思いますが


それでも「書き続けられる」ひとは


数少ない奇跡のような力に助けらているのかもしれませんね。



「なぜ、書けなくなるのか?」


理由はいろいろあると思いますが、


その一つに「軸」が外になってしまうケースがあるのではないでしょうか?



「外」からの評価があるかないか。


ここが判断基準になりすぎていると


「だれかに認められるために」と、


「外のだれか」に愛されるための、評価を求めての記事になり。



時代や世間の常識が変わるたびに


またひとからの評価がなくなった時点で


自分がおわってしまう。



でも、「書き続け」られているひとは、


そこを超えて


ただ淡々と、自分の内側から湧き続ける軸や声に沿って


「評価されるため」でなく


ただ伝えたくて「本能」で書いている


「軸が内側」にあるひとが多い気がします。



書き続けるためのメンタリティー、


鬼は外、軸は内♪



なんだか節分みたいですが、


魔は外に、軸は内に“ここ”を忘れずにいたいですね。


(*相手目線に立つこととはまた別の話です)



本能で、自分の言葉で書いているものは


なんとなく伝わる(光っている)もの。


それを見つけるのが楽しくて、ブログは読むことも好きなのですが


「書く軸」、を見つけるためにも「読む軸」も、そして「休む軸」も大切にされて


自らの内から湧き上がるしずかなパッションで


まず「続ける」ことから始められるといいですね♪

  

  


単純に、何年もまえからおなじように続いていらっしゃる方を見ると(読むと)

ほっとうれしくなります^^


そんな、ちょっとした「ほっ」の輪が生まれるのもブログのいいところ。

「書く」は、ひとりのようでいて

見えない力に支えられているのも事実。


“そこ”に気づけるかどうか、

そこも、もしかしたら大切なのかもしれませんね。


  


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