越後妻有トリエンナーレ2022で、
整理収納アドバイザー的に
すっごく気になったものを2点、
ちょっと詳しく。
『新しい座椅子で過ごす日々にむけてのいくつかの覚書』
十日町のはずれの古民家で
その展示は展開されていました。
道の突き当りにどんと建っていたのは
かつて繊維業で栄えた町の大旦那のお宅。
立派な応接間やバーが家の中にある
大きな大きなおうちでした。
灰皿からライターから
なんでもたくさん置いてあり、
ものがあることが裕福だった時代の
象徴のような家。
たくさんの人が出入りしていた名残と
「モノを捨てられない」
「モノを買ってしまう」
の集大成がそこにありました。
2階に上がってすぐ右手は、
かなりの広さの衣裳部屋。
その押し入れから鴨居から畳の上から、
すべてに洋服やカバンやアクセサリーその他が
ぎゅうっと置いてあり圧巻。
この足場のある所はもともと
そういう通路があったんだろうな。
奥まで行って着替えてから
手前の鏡台でメイクしてたのかな。
そんな行動動線を考えるのも楽しい。
仕事柄モノがたくさんある家に行くことはあるし
ほかの方より慣れているとは思うのですが、
それでもこれは圧倒されます。
並びの部屋は布団部屋なのか、
布系のものがところせましと
空間を埋め尽くすように置かれていました。
でも、こうして
部屋を眺めるための
展望台(?)が設置されていると
「実はこの膨大なモノたちは、狙ってこうなっているのか?」
と思えてくるから不思議。
ところどころに掲示されるエピソードは、
この地域にゆかりのある方へのインタビューから
抜粋した言葉をちりばめてあるのだそう。
たとえばこんなエピソード。
「戦争中に本当に物がなかったら、
物を捨てられないんだって、
言い訳みたいに母が言ってたけど、
捨てないだけじゃなくて
どんどん買うんです」
「子供や孫なんかが来た時に
寝かしてやろうって、
買ってくれたものを届けに行って
二階まで持って上がると、
うち(お店)より商品が
いっぱいあるなあ、なんて。」
『新しい座椅子で過ごす日々にむけてのいくつかの覚書』
っていうタイトルなのに、
「気づいたら全然椅子の話なんて出てこなくて~」
っていうエピローグも、可笑しみがあって好き。
作品というのはこういう神の啓示のようなことをきっかけに始まることがたまにある。それが今だ。きっと新座と新しい座椅子という二人の登場人物の物語になるのだろう。とりあえずはこの具合の悪い古い座椅子を新潟まで持っていって座敷にポツンと置いてみることから始めてみようと思う。
作者は中崎透さん。茨城県のアーティストだ。
ほかの作品も、見に行ってみたいと思う。
『16本のロープ』
こちらは十日町MoETで展示されています。
1984年以降、
作者が繰り返し取り組んでいる
代表作の一つなのだそう。
部屋を横断して張られた16本のロープに、
ごみがまるでパン食い競争みたいにつるしてあって、
その下になんてことのない
会話の札がぶら下がっています。
ごみは様々。
つぶれたプラスチックの何かの入れ物や、
何かのビニールや、
断熱材の切れ端みたいなものや、
ぼろぼろの布や。
会話も様々。
朝の挨拶だったり、
○○しなさい!だったり、
なんてことない普通の会話。
日本とぜんぜん変わらない。
「ゴミも
カバコフの作品において、
記憶や思い出の象徴としての
意味を持っています。」
ごみに見えるものでも、
持ち主にとってはそうじゃない。
整理収納に伺うと、
そういうモノが本当にたくさん出てきます。
それはまさに記憶や思い出の象徴だから、
なのかもしれません。
作者は旧ソビエト、ウクライナ出身。
そう思ってみるとまた、
何とも言えない気持ちになります。
越後妻有トリエンナーレは11/13まで。
ぜひ越後妻有トリエンナーレで、
本物を見てみてほしい!
私の大好きな、芸術祭の一つです。
今年は
津南エリア、川西エリア、十日町エリアを散策。
できれば秋にもう一回、行きたいな。
かたづけこびと代表、堀中里香です。
整理収納×防災備蓄を軸に、
栃木県は宇都宮を中心に関東で活動しています。
LINE公式、始めました。
整理収納×防災備蓄について
あれこれ、お伝えします。





















