前回



…のあらすじ

青年の話ばかりだったけど実は仮免許取ったんだよ


*  *  *


新潟滞在7日目の日曜日。

修了検定は午前中にあり、速やかに仮免許が発行された。

それを受け取り、午後から早速路上教習である。

それまで最高40km/hでもビビりながらだったのが、

いきなり60km/hで走ることになる。


この時の教官は今でもハッキリ覚えている。

ベテランの男性で、ボソッと呟くことが妙に面白い人だった。

「その辺りはお好みで。…お好み焼き食いてぇな

と突然言い出すんだから緊張がほぐれる。


この教官に限らず、個性的な教官が多かった。

飄々として面白いことを言う人、

説明が擬音語と巻き舌だらけの人、

地元の訛りで喋るベテラン教官には一番お世話になった。


金沢の青年以外にも、多少話せる人がいた。

私より後に入ってきて、同じ宿同じ階にいたかわいい女の子。

教習で一緒になる機会は少なかったが、情報の共有はできた。


青年は修了検定は残念だったが学科は強いらしい。

教習所にはパソコン室があり、そこで学科試験の模試を受ける日があった。

青年はそこで満点を叩き出し、ご褒美に紙コップ自販機の無料チケットをもらっていた。

名門大学らしいので流石だ。

私?…あ、うん。


青年は1日延長になって予定が変わってしまったものの、

複数人で行う教習は予定を変える必要がなかったらしく、

そうしたものは必ず一緒だった。

高速教習に至っては、教官が地元訛りのベテランだった。


三人組で行う教習で、私達に加えて地元の男子が加わった。

教官とも親しくなれる陽キャだった。

私と青年だけだと静かで暗い雰囲気になっていたという点では救われた。


さて。

2週間、ホテルと教習所の往復のみ且つ教習の予定が目一杯となると、

世間で何が起こっているのかについて触れる機会が減ってしまった。

辛うじてホテルの夕食時に食堂の大型テレビでニュースを見るくらいだった。


この時は連日、

ニュージーランドで発生した大地震で、

滞在していた日本人学生が倒壊した建物に潰されて大勢亡くなるなど大きな被害があった

というニュースが流れていた。


テレビで思い出すのは、

「高速バスで東京へ行こう!」というCMをよく見たことだ。

東京から新幹線で来た身としては、ああ地方にいるんだなと感じる瞬間であった。


あとホテルの夕食で思い出したが、日曜日の夕食のこと。

ホテルの食堂が休みなので初日に500円が返ってきた、とは以前書いたが、

ホテルの向かいに幸楽苑があり、そこへと行きましたとさ。


次回、卒業検定。



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◎今回の記事のもとになったコラム

https://x.com/karanwakaran/status/1368177725719126018?s=46

 

 


◎その後お好み焼き食べたのかな



◎銀座にあったあまり見ないタイプの標識