前回


…のあらすじ

ばあちゃん(スポンサー)の故郷へ教習行くよー


*  *  *


父からの許しを得てからは早かった。

母がさっさと済ませたい性格だったのもあるけど。


申込みで、確か開始日の希望を伝えたような気がする。

春休みとはいえ教職課程の課外授業が連続していたので、

それが終わってからの2月下旬の月曜日を第1希望に、

その翌日以降に第2第3希望を入れて、

結果的に第1希望で通ったような気がする。


アメリカへ行ったときはスーツケースをレンタルしたのだが、

同じサービスを使おうとしたら、帰国し返却した直後に終了していた。

仕方なく中高時代に使っていたやたらでかいボストンバッグを使う。


当日になり、いよいよ新潟に向かう。

事前に荷物(ボストンバッグ)は宿へ送っていたが、

ノートPCを持参していたため手持ちもかなりの重量だった。

当時はスマホやタブレットが普及し始めた頃で、

スマホを持っていたらヒーロー扱いされるような時代だった。


時間は通勤ラッシュの真っ只中。

すし詰め状態になりながら東京へ向かう。

当時は常磐線沿線に住んでいたので上野で乗っても良かったが、

初めての上越新幹線、それも自由席に乗るので、

始発駅の東京から乗りたかった。


大学で学割証明書を2枚発行していたので、うち1枚を窓口に出す。

今は廃車となったが、この時に乗ったのはMaxとき。

全車両2階建ての大きな新幹線だった。

スキーシーズンでもあったので確実に2階席に座りたかったのだが、

こちらの予想に反し車内は空いていた。


9時前に東京を出発。

思えば新幹線に一人で乗るというのは後にも先にもこれっきりのような気がする。

仲の良い友達と一緒に行こう、というのがセールスポイントであるのに、

それをガン無視して行く勇気は我ながら感心するものがある。


群馬県の山奥だったか新潟県に入ったあたりだったか、

トンネルを抜けた先が雪景色だった。

雪に慣れていない関東平野の人間が、

雪国で2週間教習所通い。

いろいろと頭おかしい女である。


新潟駅に着いたのは11時頃。

在来線に乗り換えて、教習所の最寄り駅を目指す。

実はここまでの旅程は、教習所側から事前に届いた書類に記載があった。

それをそのまま利用した形である。


最寄り駅に着いたのは昼過ぎ。

駅前で送迎車が待っていると聞いていた。

改札を出た目の前に、明らかにそれらしい人物がいたので声をかけた。


「鶴さんですね、どうぞー」

合ってた。


車内には既に若い男性2人組が乗っていた。

直後に車は駅を出て、程なく教習所に到着した。

どのくらい「程なく」かというと、

これ歩いても行けるよね…?

と思ってしまうくらいだった。


次回、いよいよ始まる。



*  *  *


◎今回の記事のもとになったコラムhttps://x.com/karanwakaran/status/1366361301342056448?s=46

 

 

◎Maxとき良かったなー


◎家族旅行で行くには渋いんだけど、何を隠そう娘のリクエストなのです