以前Xに投稿していた手書きのコラムを、

話を膨らませて移植していこうシリーズ第2弾です。

第1弾は「父の実家」でした。


今回は私が運転免許を取った日が近いということで、

その記念で免許を取るまでの経緯を綴ったコラム

「合宿免許」をお送りします。


*  *  *


私の運転免許はAT限定である。

だが時期がずれていればMTになっていたかもしれない。


大学1年生の時、親が13年間乗り続けたMT車を手放し、AT車を迎え入れた。

当初親(主に母)は、可能ならMTにするつもりでいたらしい。

しかし希望していた車にMT仕様がなく、妥協してATとなった。


それまでMT車を乗りこなした両親と、

この2年前に免許を取った兄にとっては、

操作があまりに単純で物足りなかっただろう。

現に母は「おもちゃみたい」と言っていた。

「あんたでも運転できるよ(笑)」とも言ってた


余談だが最近のこと。

母が久々にMT車を運転する機会が数日間あったそうだ。

わずか数日、しかしその後自分のAT車に乗った時に、

無意識のうちにクラッチを探していたんだそうだ…


話を戻して。

この時私はまだ免許を持っていなかった。


理由はいくつかあって、

①大学受験を3月までやっていたので、高校卒業から大学入学までの間にゆとりがなかった

②兄が大学に通いながら免許を取るのに苦労していた(詳しくは別の記事で)

③大学生活が忙しい上に、親が「バイトは絶対やれ」と言うのでバイトを始めた結果、教習所に通う時間がなかった

それでいて「早く免許取れ」と言うので今思えば無茶言ってたなぁ…

④兄が21歳になって保険料が少し安くなったという話を聞き、じゃあ21まで待とうと決めた


もしさっさと大学を決めていたら…まぁ高校の校則がどうだったかは知らないが(オイ)

早い段階で教習所に通っていただろうし、そうしたらMTの免許を取らざるを得なかった。


結局私が免許を取得したのは、車の買い替えから2年半後。

大学3年生、21歳の春休みである。


教職課程を履修していたため大学3年の時は連日朝から晩まで講義があり、

課題も多かったので一番大変な時期だった。

それを見越して1年前にバイトは辞めていた。

まぁ夫とお付き合いを始めた頃でもあるので遊びたかったのもあるけど


その一番大変な時期を乗り越え、あとは6月からの教育実習のみ。

21歳になって保険料を余分にかけてしまうという心配も不要。

その頃には「卒業したら結婚して専業主婦になる」という未来が決まりつつあったので、

就活も力を入れる必要がなくなった。

教員採用試験は受けたけどね一応


ならばこれが絶好のタイミングである。

どうせなら2ヶ月もある春休みをめいっぱい使って、

さっさと免許を取ってしまいたいなぁ。


そうだ、

合宿免許に行こう。


選んだ地は新潟県。

関東平野で生まれ育った人間が、大学の春休み=真冬に雪国で2週間。


なぜ合宿免許にしたのか。

なぜ新潟県にしたのか。


これから書き連ねていこうと思います。


次回、合宿免許にした理由。
*  *  *

◎今回の記事のもとになったコラム
https://x.com/karanwakaran/status/1365292764997459970?s=46

 

 

◎ちなみにバイト先は中華料理屋でした


◎今回のカバー写真は「最近行ってきたところ」。今回は世界キャラクターさみっとで訪れた羽生市役所と最近いろんなところで見かける地名のオブジェ
そっちの羽生じゃないのよ