魔法の棒🪄を持てば、なんでも願い事が叶う、と思っていると
欲しい欲しい!魔法を使えるようになりたい!って
なっちゃうんね。
そら、楽しいわ。
そやけどな
赤ちゃんが包丁🔪持つみたいにな
「今のその人が持つのに大丈夫か?」というのもいりますのや。
無闇やたらに
「欲しい」人が出てきて
「売る」人が出てきて
需要と供給は成り立っておるようですがな。
使いこなせてるんかいな?
その棒
己の欲得だけのために使うものになき。
もっとすごい魔法🪄
簡単に自己実現を求める心、、、
さらにグレードアップの魔法の棒🪄に飛びつく心
その心がな、、、
もうな、、、
映画「国宝」の
悪魔はんと契約した状態、、、に近いのんや。
おまえさんの
真心はどこいった?
人の幸せのために
神仏から与えられた能力をつかうとき
才能はどんどん伸びる
一足飛びの
成功や結果を求め
成し得た時に
また、すぐに「足りない」「無い」というて
次の山を探しよる。
よいか。
過程が大事やぞ。
そして
その
御心が
大切やぞ。
あなたが
亡くなる時に
神仏の前に立ち
「魔法使いになりました!」
いうてな。
「そうですか。
幸せでしたか?」
て聞かれてな。
「?」
あれ?何しに生まれたんやっけ?
てなったら
転生でまた学ぶわなぁ。
今世はな、
魅力的なものが世の中にたーくさん溢れておる。
その中で
どのような心で生きるのか
心根正し
してから
求めてみような。
争いながら手に入れる幸福は
しんどいぞ。
天国の門ギリギリのところにおるものが増えてきておるが
今一度こころ、見直すのも良い時期である。
そして
魔法の棒を渡す者よ。
相手の素質、持った後のことも責任を持ってとりくみなされ。
魂をおかしくさせたらあかんぞ。





