※ただいまセッションの募集を中止しております。
再開時期は、ブログでお知らせいたします。
前回の続きです。
①グラウンディングを強くすること、夫への「妬み」を手放す自己調整 | セラピストNaokoの変化記録~自分にかけた制限を手放してもっと幸せに!もっと自由に生きる!~
あ~本当に要因が多角的で
多次元的なので、
1日に2、3時間かけても
1回では終わらないんだな。
ここまでたどり着くのに、
相当な数のブロッキングを起こしているし
その都度霊やレプ、グレイ、
ときにはインセクト型や未確認型など
様々なものを浄化してはまた情報をピックし、
そしてまたブロックして、、
というのを繰り返しています。
めげちゃうよん![]()
でもそれだけ、身体の抵抗が大きくて
かつ絶対にここが重要なポイントで
逃げちゃいけないんだなってことが
よくわかります。
このブロッキングだらけの
自己ヒーリング期間を経て、
「体の声を本気で聴く」という意識が
養われてきているのも感じます。
ブロックする要因として、
頭でっかちになっていたり
思い込みでストーリーを繋げたりしてて
本当に体が伝えたいことを無意識で
見ないようにしてしまうことも
かなり大きいですから。
キネシオロジー全般に言えることだと思うけど、
とくにタッチフォー・ヘルスだと
潜在意識の深いところのブロックは
完全にブロックされてしまって
筋反射として出てきづらいので、
多次元キネシの筋反射も同じように
マインドに支配されたらうまく情報が上がらない
というのはあるあるでしょう。
何事も学びだねぇ。
マルデュック遺伝が強かった頃は、
マインドや思い込み、期待から
筋反射を良いように理解していたり
ブロッキングに全然気づかない、
ということもよくあったので![]()
自分の現実から目を逸らさない、
逃げない、根気強くやる、
というのがいかに大切なことか、
日々身に染みています。
↑私の大好きなコナン君のセリフの一つ♡
あ、この場合「大好きな」はコナン君とセリフの両方にかかっています。
(どーでもええわwww)
いろんなスピリチュアルリーダーたちも
「自分との統合」「自分と向き合う」
ことを強く勧めていますよね。
それが、望まない現実を変えていく
大きな力になることだからでしょう。
人のせいに、社会のせいにしたって
自分の人生は何も好転しない。
だからこそ、自分が目を背けてきた
自分の闇の部分から逃げずに、
もう一度ちゃんと受け止めてあげて
解放していくことが必要なプロセスなんだな。
とくに日本人は昔から
恨みつらみのグレイ気質が多いし、
言わなくても察しろ的な空気が強いので
言わずに(言えずに)溜め込んだり
勝手に全然違う方向へ解釈して
相手とギクシャクすることが多いですよねー。
なんとも不毛な時間だわ!
…話が逸れましたが。
私の場合、少し前に手放してきた
「罪悪感」の裏返しが、
「妬み」になっていたことに気付きました。
出来てない自分、を指摘されるのが怖くて
出来てない自分、に罪悪感を抱き、
その罪悪感が苦しいから
逆に相手のせいにして恨んだり妬んだりする。
(でも別に相手は私に「出来てる」を求めてないのに
勝手に期待されてると思い込んでいるw)
「出来てない自分」ってのがベースにあるから
自己価値も自己愛もないし、
今の自分に満足することもできない。
期待に応えられない、助けられない罪悪感の裏返しで
人との競争意識や人を見下す、になっていて
でも本当は私が一番見下しているのは、
何もできていない(と思っている)ダメな自分、
だったのです。
ほうほう、全部繋がっているじゃあないか![]()
ということでこりゃインチャの出番!
すんなり繋がれました。
どんどん当時の自分の姿が浮かんできて、
スクリーンを見ているかのように
映像や言葉が展開していきます。
やっぱり、一番大きかったのは
「母への罪悪感」でした。
ずっと母を助けたかったのに
役に立てていない、
逆に病気になって迷惑かけた、
そのことが消えたくなるくらい苦しかった。
それこそ、自分の存在意義なんて
これっぽっちも感じられないくらいに、
このインチャが絶望の中にまだ、いました。
オリオン遺伝の性質である、
・人への競争意識、優劣をつける
・どこまでいっても満足しない、不十分感
・人より優れている特別な才能が欲しい
というところが、この子から来ているな、
とありありと理解できました。
だって、人より優れていなければ
母を喜ばせたり助けることができないし
頑張っても頑張っても母が幸せそうじゃないから
まだまだ私は不十分。
まるで、全身武装しまくって
瀕死の状態なのに自分にムチ打って
頂上が見えない険しい山を登っていく感じ。
なのにまだ武器が足りない、
スキルが足りないと不安を抱えて
ビクビクしながら敵から逃げてるみたい。
そりゃー苦しいわ![]()
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母を助けたいというのは、
母のことを「もろい」とも思っていたのだと
このときに気付きました。
何かあったら母は壊れてしまう、
今でさえもうギリギリいっぱいいっぱいなのに
私はこれ以上頼ったり甘えたりしたら
今度こそもう元には戻らないかも、
そんな漠然とした恐怖もあったのです。
だから、怖いことや辛いことがあっても
母には(ってか誰にも)言えなかったし
自分で処理するために感覚を封印した。
そんなガチガチに緊張したインチャを
緩めてあげる言葉が見つからなくて、
うまく解放できなかったことも
これまで何度もありました。
だけど今回は少し違って、
ふっとこんな言葉が出てきたんです。
「母のほうが、私を助けてやれないと苦しんでいたのかも」
「ヘルプを出して、助けさせてあげれば良かった」
自分が母になって初めて分かった感覚です。
親って、子どもから助けを求められるの、
嬉しいですよね。
(私は超幸せ♡)
「生きて、楽しんで笑ってくれればそれでいい」
私が娘に対して思うことも、
これとおんなじでした。
だけど、今までは私の視点からしか見れず、
母を弱いと勝手に思い込んでいて
(もちろんいろんな根拠や理由はあるけど)
助けられない罪悪感を持ち続け
自己破壊的な生き方をし続けてしまった。
そのつもりじゃないことも
たくさんあったけれども、
いつもどこかで「自分はダメな人間だ」
という感覚が抜けなくて、
やりたくないけど求められて”いそう”なら
全力で頑張って、ヘルプも出さずに
平気なフリしてひとりで解決しようとして
そこにある母の(不器用なw)愛を
受け取ろうとしなかったのかも。
「自立」と「人のサポートを受け取る」
「依存」と「人に甘える、頼る」
の意味をわかっていなかったな。
本当の意味で、
「母を助ける」必要なんてなかった、
人に甘える・頼るということは、
その人を喜ばせることになるんだな、
とものすごく腑に落ちたのです。
その瞬間、ふっとエネルギーが抜けて
めちゃくちゃ背中が軽くなるのがわかりました![]()
続きます!(長っ!)




