今朝、娘ちゃん(4歳)と交わした会話。
九州の大雨に関するニュースが流れていたときです。
「ねえ、ヒガイってなあに?」
「うーんとね、大雨でお家や色々なところが壊れちゃったり、
怪我をした人がいたり、亡くなってしまわはった人がいたり、ってこと。」
「ふーん… ねえ、ちい(娘ちゃんの愛称)がなくなってしまったら、どうする?」
「…」
「でも、ちいがなくなったら、お母さん次の日にまた赤ちゃん生まれるんとちゃう?」

なんというか、超越した答えが帰ってきて、
でも、思わず、
「そっかあ、そうかも。」
と答えてしまう私がいました。
もちろん、娘がいなくなっても代わりがいればいいとか、
そんなことを思っているのではないのですよ。
でもこの発想って、
命はつながってるよ、みんなひとつだよ
と、このことがすご~~~く自然に身についてないと出来ない気がして。
自分、自分、じゃなくて。
すごいな~。
九州の大雨に関するニュースが流れていたときです。
「ねえ、ヒガイってなあに?」
「うーんとね、大雨でお家や色々なところが壊れちゃったり、
怪我をした人がいたり、亡くなってしまわはった人がいたり、ってこと。」
「ふーん… ねえ、ちい(娘ちゃんの愛称)がなくなってしまったら、どうする?」
「…」
「でも、ちいがなくなったら、お母さん次の日にまた赤ちゃん生まれるんとちゃう?」

なんというか、超越した答えが帰ってきて、
でも、思わず、
「そっかあ、そうかも。」
と答えてしまう私がいました。
もちろん、娘がいなくなっても代わりがいればいいとか、
そんなことを思っているのではないのですよ。
でもこの発想って、
命はつながってるよ、みんなひとつだよ
と、このことがすご~~~く自然に身についてないと出来ない気がして。
自分、自分、じゃなくて。
すごいな~。