長年の愛着があるもの…
を1つ手放しました(^-^)


誰かや何かを大切にすることって
愛着であり、
でも拘りすぎると
執着になってしまう。



それは、私の
長年の友人に対する愛着が、
あることがきっかけで
執着になってしまい、

彼女のことを思うたびに、
苦しい気持ちになっていました。


長年の友人の
少し複雑な恋愛模様が見えた時…
現実を見ようとしない彼女に、
厳し目の言葉を届けました。

勇気のいることだったし、
私への当たりも
キツくなる覚悟もしてのことでした。

一年たち、さらに半年たち…

ふと、
問題視している背景はさておいて
彼女の立場になって考えてみた時
それは本当の思いやりなのか?
と自分に問うてみました。

気づいて知らぬふりはできず
耳の痛い言葉を届けたことに
後悔はないです。


でも、それは「こうあって欲しい」と願う
私のエゴだったのではないか?




目に見えた「こうするべき」
を押し付けたわけではないけれど、

目に見えない「こうするべき」を
押し付けてたのかもしれないなぁと。


私の彼女に対する愛着には
手を離していいのだ と
ふと思いました。


今後も彼女の幸せを
願う気持ちは変わらない。。
私への反応は芳しくないけれど
不思議とそう思う。

幸せを願うというと綺麗すぎるから
もっと的確な言葉を巡らせると
「嫌いになれない」
というのが本音。



この見えない距離をとれた時、
何だか清々しい気持ちになりました✨


仏の言葉に
「愛着ある者には、
能捨の心を起こさしめ」
とあります🍀


何であれ、
人にとって執着ほど
しんどいものはないですねニコニコ