わたしは以前、
タイトルの前提で生きていたので
これからも生きていくことが
そもそもしんどいな、と思っていました
さらに、
辛いことが起きると、
ほらやっぱりね
と思っていました
今思うと、
人生は辛いものと思っているから
それを体験してたんだな、
と、思います
*
対して今は
何があっても
大丈夫なんだもんなあ
と、わかっています
それは、
嫌な出来事は、
絶対に起きてほしくない!
と思っていた過去からすると、
正反対な位置です
なぜなら、
どんな出来事が起こっても
背景には平安があることを
知っている
いま、体験してるから
だと思います
*
全力で不幸を避けようとするあまり
不幸が中心にきていた人生がおわり
すべての背景に平安があり
その平安を体験する人生へと移行した
すると、
循環するエネルギーそのものも
変わってきました
中心が
とても、
しっくりするものに

それは、
思考が理由をつけて納得するものではなく
体感として、知っているもの
なのです
子どものとき、
本当にわかっていたもの。
だけど、
社会を知って、
蓋をしたもの。
でも、
“わかっている”は、
消えない。
これは、
身体を、感じる
腹を、腹そのものを、感じる
が、
とてもKeyになることを
先日のお客さまとのセッションで
再確認しました
わたしと同じようなタイプの方は
身体が邪魔だ
身体を感じたくない
人が、多いのではないかと思います
その逆のフィールドに
体感覚の
ことばで説明できない
“わかっている”
が、ある。
そしてそこには、
平安が
安心が
安寧が
いつも無くならずに
ただあったのでした
《奉納として。2026年6月16日》
◆個から場へ〜はじまりの音色〜
◆長期5ヶ月講座
《場へかえる。平安はここに。》
次回は夏至の募集になります
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