この十数年に渡って
3度の「三途の川詐欺」の果てに。
4度目で祖母が亡くなりました。
血の色緑と思われそうだけど
悲しくはないのです。
もう何年も会ってないし
100歳越えてるから、大往生だしさ。
なんというか、、3次元的にも
愛知県と秋田県で離れてるし
5次元的にも意識がすごく
離れたところでドライに
観察してる感じ。
ちょっと「よかったね」って思ってる。
数か月前、祖母の誕生日。
傍で見てくれている伯母から
施設のベッドで、お花を
贈呈されている祖母の動画が
送られてきた。
それを見て思ったのは。
冷たいけど、残酷だけど
もはや人間、生物とは思えなかった。
長年寝たきりで。最後はもう食事も
出来てなかったから、骨と皮だけで。
言葉もほとんど発しない。
モノのように見えた。
モノは言い過ぎ?そうだな。
即身仏みたいな。
悟りの境地に至るために
自らそうなった人はいいけど。
そうじゃない、普通の、一般人として
この状態で生きていて
おばあちゃんは幸せなのかな?
と純粋に疑問を持ったよね。
老子的思想の極論でいくと
生きてるだけでOKではある。
けど、動けず、話せず
外に出て、お日様を浴び
風を感じて、雨に濡れることもない。
それで、ただ命の灯が
消えてない、それだけで
ベッドに横たわる日々。
本当のとこ、本人はどう
感じていたのかなぁ、と。
あの時の方が悲しい気分になった。
もう話せなかったし、
気持ちの機微を言語化する
なんて出来なかっただろうから
聞けないけど。
だから恵屋の主観でしか
ないのだけど、ちょっと
よかったね、って思ってる。
ばーちゃんがどう思ってるか
わかんないけど。
生きるってなんだろう。
生きてるだけで、丸儲け
っていうけど。でもやっぱ。
この世界で、自分の身体で
五感でフルに味わって。
いろんな体験をして。
いろんな感情を味わって。
それでこそでわないかな。
と現時点の恵屋は思う。
「その時」が来ないと
答えは分からないけど。
ああ、生きた![]()
ってめっちゃ実感して
お空に還りたいなぁと思う。
それにしても、その状態で
ここまで命の灯消えずにいた
ばーちゃんの心臓すげー。
人体は不思議で、神秘だなぁ。
