■甘やかされて育った子供の行方
親から自分の好きな物を何でも
買い与えられて育ってしまったり、
親に
『あなたが一番偉い、可愛い』と
過剰な愛情で育てられると、
それは、日常化する。
【共同体感覚の欠如】
自分の思い通り動いてくれる人は
《仲間》
自分の思い通り動いてくれない人は
《敵》
と言うような見方を無意識に、
するようになる。
【自発的行動の無意識的制御】
例えば、
周囲に人がいる時には、
ゴミを拾い
周囲に人がいない時には、
ゴミを拾わない
そのような感情には、常に自分が
周囲から誉められる事で、人に
認められたいと言う、
承認欲求が強まり、
自分自身で気持ちを満たす事が
出来ない大人になる。
【他者信頼の無意識的欠如】
例えば、
自分の考えに『イエス』と賛同
してくれたり、
同じ意見や心配してくれた人には、
『仲間』と思い込み
自分の考えに『ノー』と批判され
たり、
違う考えや心配してくれなかった
人には
『敵』と思い込む
■勇気を挫かれてしまった子供の行方
親や周囲からいつも批判されたり、
過剰な暴力を受けたり、
一度も認めてくれず
『あなたは、駄目な子供ね』
『あなたを生まなきゃ良かった』と
過剰なまでに、自分本来の尊厳を
親や他者から傷つけられると、
それは、日常化する。
【共同体感覚の欠如】
自分の思い通り動いてくれる人は
《仲間》
自分の思い通り動いてくれない人は
《敵》
と言うような見方を無意識に、
するようになる。
【自発的行動の無意識的制御】
例えば、
周囲に人がいる時には、
横柄な態度を示し、
周囲に人がいない時には、
横柄な態度はとらず、小心になる。
【他者信頼の無意識的欠如】
例えば、
自分の考えに『イエス』と賛同
してくれたり、
同じ意見や心配してくれた人には、
『仲間』や『家族』と思い込み
自分の考えに『ノー』と批判され
たり、違う考えや心配して
くれなかった人には
【支配的】【暴力的】になり、
『敵』と思い込む
【まとめ】
どちらも同じような傾向が強くなる。
そして、
他者に対しては、世界には
様々な人がいる事を認める事が
出来ず、
いつまでも共同体感覚に
たどり着けなくなる。
だから、
甘やかされた子供も
勇気を挫かれた子供も
無意識的には、いつも自分が
中心にいないと不安で不安で
仕方なくなる。
そして、
《敵か味方》《0か100》
《白か黒》《良いか悪い》
でしか見れなくなり、弁証法的な
中間的な見方をする事を失う。
そして、
いざ、自分が世界の中心にいる事を
周囲が認めてくれなかったら、
人に注目を集めて貰えるように
不幸な自分を自分で選択しやすく
なったり、
自分の弱さを認める事が
出来ずに、自分の出来ている部分や
出来る自分を演じてしまい、
孤独感が1人になると強くなり
疲弊していきやすくなる。
あるいは、疲弊を隠す為に、暴力的、
支配的になりやすくなる。
だから
アドラーはこのような事を
言っている。
『甘やかされた子が
結婚で幸せになることは、
ラクダが針の穴を通るより
難しい』
『甘やかされた子供は
結婚すると専制君主に
なることがある。』
『勇気を挫かれた子供は
些細な事で虚栄心を
満足させる』
『自分を守る必要性に
駆られると仲間ですら
悪意を持った敵に
簡単に見えてきます』
とこのように言っています。
人生の課題から逃げると
アドラーで言う目的論が見失われ、
いつも言い訳をして、
逃げてしまったり、
攻撃的になってしまったり、
してどんどん自分で自分の首を
絞めて疲弊し、何を苦しんでいるか
さえ分からなくなる。
アドラーの目的論では、人の意識を
認識させる為に、このような事を
言っております。
『もしも、○○だったら
どうするのか?』
この○○には、病気だったり、
トラウマだったり、色々当て
はまるのですが、
アドラーが
『原因を目的にしてはいけませんよ』
よく患者に対して使ってた手法
例えば、よく
『私ってなんて不幸なの』
と言っている人に対して
原因が不幸ではなく、
それは、不幸になることを
目的にしているから。
いつも人と比べ不幸な自分を
選んでいると、
不幸になった人しか応援できなく
なる。
ただ、単純に不幸な自分に酔いたい
自分の出来ない所は見ずに
『自分に酔いたいだけなんだよ』
と人の意識や感情を認識させて
第一次世界対戦の戦時中も精神疾患者
の治療に専念していました。
しかし、これは、何もアドラーだけ
じゃなくても、昔からこれに気づいて
いる人達はたくさんいたと言う
事実がある。
ただ、バートランド・ラッセルや
カール・ヒルティの言う幸福論の
言うように、
『人間は幸せには、鈍感
不幸には、敏感』
故にそれを見ようとしないだけ、
あるいは、何者かの阻害によって
見えなくなっている。
それに気づかなくてはいけない
と言うことも、過去の人物は、
たくさん発信しておりました。
孔子
「子曰く、異端を攻(おさ)
むるはこれ害あるのみ。」
自分と違う意見や考えを
持つ者を攻撃しても害が
あるばかりだとして、
違う意見にも耳を傾けること
こそが自分を成長させる
「子曰く、君子は義に喩り、
小人は利に喩る。」
優れた人物は何をするかを考え、
つまらない人間は何をすれば
得かを考える。
アルフレッド・アドラー
『全てか、無か』のような極端な
見方をする人は、
『すべて』がかなわないと、
自殺してしまうことがある。
生まれつきの欠点と能力のなさの
犠牲者であると信じる人は、
絶望して努力しなくなる。
なぜか?
勇気を挫かれたり、
甘やかされて育って
しまったため。
それに、気づく為には、自己理解し、
『自分を大切にする』に
気づかなくてはいけない。
老子(道徳教 第三十八章)
徳の高い人は徳を自慢しない。
だから、徳がある。
低い徳の人は徳にこだわる。
だから、徳がない。
高い徳の人は何の行動もしないが、何事も為されなかったということはない。
低い徳の人は行動するが、故意になされる。
高い仁愛の人は行動するが、動機をもってするのではない。
高い道義の人は行動するが、動機をもってするのである。
最も礼儀のある人は行動するが、誰もそれに従わず、
それで、袖をまくり、相手を引っぱろうとする。
だから、「道」が失われると徳がそこにあり、
徳が失われると、仁愛がそこにある。
仁愛が失われたのちに道義がきて、道義が失われたのちに礼儀がくる。
礼儀は信義を欠くことで、無秩序の第一歩となる。
予期された知識は「道」の外見であり、愚行の始まりである。
ここから、偉大な人は真実を選びとり、外見をとらないのである。
彼は真実によって行動し、外見によっては行動しない。
このように、彼は「道」のはたらきに従い、外見を見合わせるのである。