1944年1月6日(木)

私としては、お母さんに、
見習うべきお手本になって
欲しい。

尊敬出来る母親であって
欲しい。

ところが、お母さんは、
私が悔し涙を
流した時、 

姉のマルゴーと一緒に、
弾けるように笑いだしました。 

私はいつまでも涙が
止まりませんでした。

1944年1月22日(土)

人間って、どうしていつも
本当の気持ちを

隠そうとするのか、
あなたは、
それが分かりますか?

どうして私は人前に出ると、
本心とまるで裏腹な行動を
とってしまうんでしょうね?

どうして人間って、
これほどお互いに信頼
出来ないんでしょうね?

それには、きっと理由が
あるんでしょうけど、

それでも、他人に本心を
打ち明けられない、

もっとも身近な肉親に
さえ打ち明けられない

というのはとっても寂しい
ことだと私は思います。

1944年3月7日(火)

それにしても、
一昨年頃の私は、

あれほど色んな点で
恵まれていた
のにも関わらず、

必ずしも幸福では
ありませんでした。

ちょくちょく寂しさを
感じる事がありましたが、

それでも1日中遊び周り、
あまり寂しい事を 
考えることなく、
せいぜい毎日楽しんでいました。

意識してか、無意識にか、冗談で
むなしさを紛らそうと
していたんです。

現在の私は、
人生について真剣に
考えていますし、

自分が常に存在する
ので、屈託なく道化役を
演じることも、もはや出来ません。

孤立して、度々べそをかきましたが、
そのうちに自分の欠点、短所などが
分かってきました。

1944年7月15日(土)

子供は皆自分自身を教育しなくちゃ
ならない。

お父さんもお母さんも
理解してくれない
と言う問題に移るとしましょう。

お父さんもお母さんも、
これまで徹底的に私を甘やかし、
私に優しくしてくれました。

ところが、それでいて私は、
長らく孤独感に悩まされ、
いつも見捨てられたような、

無視されたような、
誤解されているような
気分を味わってきました。

私は自分の目で自分の行いの
間違ったところを見てとり、

それを自分自身に
つきつけることで、
自らそれを矯正してきたのです。

1944年8月1日(火)

良い方のアンネは、人前では、
決して顔を出しません。

これまで一度だって素顔を
見せた事はなく、

彼女が主役を演じるのは、私と二人きり
の時だけです。

私はどういう人間になりたいか、
ハッキリわきまえてます。

現在どういう人間かも…内側では
よく分かっています。

でも悲しいかな、
そういう風になれるのは
私自身に対してだけなんです。

自分では、自分を内面的に幸福な
性格だと思い、

他人はうわべだけを見て、
幸福な気質だと判断する。

この差異は恐らく、
そこからきているんでしょう、

私を導いているのは、
内面純粋なアンネなのに、

外面だけ見れば、束縛嫌って
気ままに跳ね回っている、

無軌道な子山羊
でしかないというわけです。

そのおかげで、

男の子ばかり追っかけている
お転婆娘だとか、

浮気っぽいとか、

知ったかぶりだとか、

安っぽい恋愛小説の愛読者だとか、

色々汚名を被ってきました。

快活な方のアンネは、
それを笑いとばし、

ポンポンやり返し、
無造作に肩をすくめて
なんとも思ってないように

振る舞うが、あいにく、
大人しい方のアンネは、
全く正反対。

あくまでも正直に言うなら、
これには確かに傷つけられると
言わなくちゃなりません。

傷ついたあげく、
懸命に自分を変えよう
と努力するのですが、

残念ながら相手は
いつの場合も強力な敵なんです。
胸の内で泣く声が聞こえます。

『そうらごらん、やっと分かった
 でしょう?

 あんたは否定的な見方と
 おぞましい目つきと、

 あざけるような顔とに
 取り囲まれている。

 あんたは会う人皆から
 嫌われている。

 それもこれも、良い方の自分の
 忠告に耳を傾けようとしない
 からよ。』

とんでもない、
耳を傾ける気なら十分に
あります。

でもそれが上手くいかないんです。
仮に私が大人しく、
真面目にしていると、

みんなは新手の演技を始めたと
思うだけなので、

結局冗談に紛らして、
やめてしまうしかありません。 

改めてぐるりと心の向きを変え、
悪い面を外側に、良い面を内側に
持ってきてしまいます。

そして尚も模索し続けるのです。 

私がこれ程までにかくありたいと
願っている。

そう言う人間にはどうしたら
なれるのかを。

きっとそうなれるはずなんです。
もしも、この世に生きているのが
私一人であったならば…

     じゃあまた…
     アンネ・フランクより

アンネは周囲との関係によって
かなり苦しんだと思われます。

しかし、アンネはその苦しみの
原因を日記に書き続ける事で

父や母からの【甘やかし】に
気づいた。

そして、その事で悩み苦しむ。

でも、本当の自分に向き合おうとする。

すると、分かっていても、出来ない
自分がいる事に気づき苦しむ。

そして尚、その自分を如何に
大切に出来るかを探求しようとする。

アンネは【自分を大切にする】為に
最後まで諦めずに日記を
書き続けておりました。

その後、1944年8月4日に
他者からの密告により、

秘密警察に密告され、連行されて、
強制収容所の衛生の悪さから

姉のマルゴーと続くように亡くなる。

僅か15歳、まだまだ、生きたいのに
生きられない…

愛する相手もいた。

しかし、ユダヤ人と言うだけで
殺された。

ただ、生まれただけで、本人は
何も悪いことは、していない。

人の軽はずみな偏見…

偏見は人間の欲望や劣等感や優越感
から生まれ、

欲望にまみれた国は、必ず滅びの道を
繰り返すが、その歴史は、無かった事

にするが如く、また、欲望にかられ
覇道の破滅の道へと進んでしまう。


大切なこと

生きたくても生きられない人が
いること。

大切なこと

苦しいのは、自分だけじゃない
と言うこと。

大切なこと

自分を紛らわして、人の責任に
している自分を。

大切なこと

人を非難したくなる気持ちは、
自分には出来ないから、自分に
劣等感を感じている事を。

大切なこと

自分を大切にする時間を
自分の為だけに、自分で持つことを

大切なこと

空はこんなに青かったと
言う事を…


世の中は、
祗園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。

娑羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらは(わ)す。

おごれる人も久しからず、
唯春の夜の夢のごとし。

たけき者も遂にはほろびぬ、
偏に風の前の塵に同じ。

ショーペン・ハウエル
船というのは、
荷物をたくさん積んでいないと、
不安定でうまく進めない。

同じように人生も、
心配や苦痛、苦労を背負っている方が
うまく進めるものである。

他人の欠点や愚行を
自分から探すような人は、
間違いなく不幸になる。

孤独を愛さない人間は、
自由を愛さない人間になってしまう。

なぜなら、孤独でいるときにのみ、
人間は自由になれるのだから。

私達は、
他人と同じようになろうとして、
自分の4分の3を失ってしまう。

誰もが自分の視野の限界を、
世界の限界だと思い込んでいる。

明日の私のために…