台湾旅行添乗員さんから聞いた話です❤️
その①
大正天皇が病気のため、昭和天皇(裕仁親王)が摂政となり1923年に台湾を訪れました❗️
台北から高雄まで12日間にわたり各地を訪問されました。
その時おっしゃったお言葉が、
「台湾を日本の48番目の県として治めなさい」
ガイドさんによれば、それから、台湾人の気持ちの中に日本に対するわだかまりがなくなったとのこと❗️
(今日、この点をいろいろ調べましたが、裕仁親王がそんな発言をされたことは歴史上残っていません)
でも台湾総督になった李登輝さんは京都大学に進み、志願して陸軍に入り、名古屋で終戦を迎えた、とか、
先の戦争で台湾から21万人が志願・応召され3万人が戦死したなどの話を始めて知って、話が結びつくような気がしています❣️

その②
八田與一技師の話。
(夫は知っていましたが、私は知らなかったので感動しました)
台湾の南部は塩害、旱魃、洪水が繰り返された不毛の大地であったが、総督府の命でダムの建設の責任者になったのが八田技師でした。建設中に石油タンクの大爆発で50数名の死亡事故があったり、関東大震災で予算削減があったりと苦難がありましたが、彼は日本人と台湾人を区別することなく、10年の歳月をかけて東洋一のダムを完成させて、16,000キロに及ぶ給排水路を建設。
不毛の大地を豊かな穀倉地帯へ変貌させました。
現在でも毎年命日の5月8日には地元の人々や関係者が烏山頭ダムの彼の墓前で追悼式典が開催されているとのことです❗️
台湾の小学校の教科書には今でも、八田與一の偉業は必ず載っているそうです🩷

その③
安藤百福さんの話❣️
日清食品の創始者です。
台湾で生まれ、早くに亡くなった両親の代わりに、台南に住む祖父母に育てられました。
22才で台湾で起業し成功し、日本敗戦のあと、直ぐに日本人となり日本でも起業。(当時、台湾人でも日本国籍を希望すれば日本人になれた)
47才で事業を失敗し、無一文になるなどあった後、台湾そばの経験もあって、即席ラーメンができた、という話。

台湾人は、日本製品を100%文句なしに信用できるそうです❣️
また東日本大震災の義援金は台湾から約300億円。国・地域別で世界最大。ガイドさんに言わせると台湾人は受けた恩を必ず返す国民だそうです。
これも裕仁親王や八田與一さんが築いた何かだという気がしました❤️

その④
台湾と中国とアメリカの関係については、こんな説明をしてくれました❣️
台湾は、のび太。
中国は、ジャイアン。
アメリカは、ドラえもん。
のび太とジャイアンは、同じクラスの同級生。
ドラえもんは、他の星から来たのび太の友達。
台湾と中国は、最後の最後は同胞。
ドラえもんは、ポケットからいろいろなものを出して、助けてくれる。(実際はイヤイヤ戦闘機など武器を買っているが、使う事は想定しない)
素晴らしい比喩だと思いました❣️
でも、本当のドラえもんは、人々の幸せだけを考えてくれ、私欲に走りません!そこはどうでしょう、、。

番外
私が最初に台湾に行ったのは18年前、できたばかりの猫空ロープウェイは、30分待ちの長い列でした💦
その列には若い人が並び、中央に置かれたベンチに年取った人が座って順番を待ってる。
その光景を見た時、これは何十年前の日本の姿を見ているようだ❣️と感動ました❤️

今回、新しいお話を聞け、ますます台湾が大好きになりました🙋🏼🙋‍♀️☺️🩷

今日の東京の夕焼け☀️



今日出会えた花たち💐

バラ🌹


ひまわり🌻