うぶすな神様とのご縁つなぎ:楓の鎗田です。(*^_^*)
うちの主人と私のことをご紹介するシリーズ、
第11回目。
これまでの経緯は、こちらから。
第1話:【私の主人って、ちょっと変わっています】
第2話:【なれそめ。(主人との出会い)】
第3話:【合気道を始めた私。】
第4話:【そして、スピード結婚。】
第5話:【妊娠と同時に腫瘍が発覚。】
第6話:【結婚式と入院・手術、そして出産。】
第7話:【テレビ番組への出演】
第8話:【1,600円の本が、10万円超のお宝本に。】
第9話:【晴天のお彼岸に、青天の霹靂。】
第10話:【救急搬送。そして最初の病院で。】
第11話:【2番目の病院にて。判断を迫られたとき私が使ったもの。】
さて前回の第11話では
主人が脳梗塞に倒れ、
治療ができる病院に運ばれた
ところまで進みました。
今回は、その続きです。
2番目の病院に運ばれ、
血管に詰まった血栓
(血液の塊)を溶かす
治療をすすめられた時、
主人と私は、
お医者さんからの
医学的な説明の他に、
占いの結果も参考にして
「血栓溶解療法」という
治療を受けることを決断しました。
と書くと、
「そんなの占いで決めていいの?」
という声が聞こえてきそうですが、
我が家では、
「迷った時は
易に聞く」方針です。
スピード結婚だった私たちは
「結婚も占いで決めたの?」
と、よく質問されました。(^^;)
そんな訳ありません。
この結婚に関しては
不思議と迷わなかったので、
占っていません!
私は・・・ね。
結婚した後に、そういえば・・・と
思って確認してみたら、
「あ、やっぱりね。
なるほど、こりゃー
この時期に、この人と
結婚する訳だ。」
とは思いましたけどね。(^^;)
(後から知った話ですが、
主人は一応、占って
いたらしいです。)

占いは、あくまでも道具であって
それを使うのは人間であり、
人間あっての道具です。
私は、占いは迷った時の
選択肢の一つとして
参考にしますが、
そもそも
迷わない時にまで
使う必要は無い!
と思っています。
自分で考えることを放棄して
何でも占いに頼ってしまうのは、
「依存」であって、
正しい占いの使い方では
ありません。
もちろん、占い師にとって
お客様が自分の鑑定を信じて
何度も来てくださるのは
営業的・金銭的には
助かります。(^^;)
でも、本当に腕の良い
良心的な占い師であれば
自分に依存させることなく、
正しい占いの使い方を
伝授するはず。
占いは、
お金を儲けることよりも、
人を助けるために使うもの。
少なくても私の周りには
そう教えてくれる
占いの先生がいっぱい
いらっしゃいましたから。
(もちろん、お金も大事ですし、
今よりもっと良くするための
ヒントを探るとかも
有りですけど、
「依存し過ぎるのはNG」
ってことです。)
話がちょっと
それてしまいましたが、
でも、この占いの使い方
(距離感)については、
とっても大事な話なので
紹介させて頂きました。

さてさて。
主人は、頭の血管の中の
つまりを溶かす治療を
受けることになり、
その病院に入院することに
なりました。
その病院は江戸川区の
西葛西というところにありました。
この病院への搬入が
決まった時に私は
当時、合気道を習いに
きていた2人の方にだけ
再び連絡を入れました。
主人の命には今のところ
別条がないとのことで
安心している事。
そして
この病院の名前と住所、
西葛西の駅の近くにある
という、その事だけを伝えました。
救急車で搬送されたので、
私も病院がどこにあるのか
地理的には全くわからず、
詳しい説明もできませんでした。
しかし、そのお2人は
仕事の帰りに急いで病院に
かけつけて下さいました。
しかもお一人は、自分のお車で。
私がその時、連絡を取った
お二人の職業は内科医と、
行者さん(修験道)でありました。
こんな時にも西洋医学的な方面と、
見えない世界とつながりのある方と
両方からのサポートを頂けるなんて
滅多にないことだと思います。
というか、あんまり行者さんが
身近にいる方のほうが少ないかも
しれないのですが・・・。

とにかく私たちは
入院が必要な主人を病院に託し、
近くのファミレスで夕食を取り、
車で来て頂いたかたに自宅まで
送り届けて頂いたのでありました。
この時も思ったのです。
私って、
やっぱり守られてる。
助けられている
って。
主人が急に倒れ、
救急車で運ばれて
病院がどこにあるのか、
駅からの道さえも分からず、
真っ暗な夜道を
幼い子供ふたりを連れ、
ひとりで家に帰らなければ
ならなかったところを、
知っている人たち
しかも分野は違っても
お医者さんと行者さんという
その道のプロの方たちに
来ていただけて、
その上私たちを自宅まで
送り届けて頂けるなんて・・・。
もちろん、
主人が倒れてから
入院ができるまでに
携わってくださった
駅にいた皆様、
救急車の皆様、
医療関係者の皆様
をはじめ、
すべての皆様、
本当にあの時は私たちを
助けて頂いて
ありがとうございました。
その後に、主人のことを告げると
たくさんの皆様が
お気遣いをしてくださり、
励ましのお言葉もたくさん
たくさん頂きました。

あの時、私は
1歳と3歳の子供をかかえ
未亡人になっていても
おかしくないような状態でした。
でも、おかげさまで
ありがたいことに
主人は生かされて、
生き延びることが
できました。
それは本人の寿命と、
強い生きる意志があったから
なのだと思っています。
今でも、あの時の事を
思い出すと、感謝の気持ちで
いっぱいになります。
ありがとうございました。
そして、その翌日から
私たちの病院通いが
始まったのでありました。
第13話に続く・・・
うちの主人と私のことをご紹介するシリーズ、
第11回目。
これまでの経緯は、こちらから。
第1話:【私の主人って、ちょっと変わっています】
第2話:【なれそめ。(主人との出会い)】
第3話:【合気道を始めた私。】
第4話:【そして、スピード結婚。】
第5話:【妊娠と同時に腫瘍が発覚。】
第6話:【結婚式と入院・手術、そして出産。】
第7話:【テレビ番組への出演】
第8話:【1,600円の本が、10万円超のお宝本に。】
第9話:【晴天のお彼岸に、青天の霹靂。】
第10話:【救急搬送。そして最初の病院で。】
第11話:【2番目の病院にて。判断を迫られたとき私が使ったもの。】
さて前回の第11話では
主人が脳梗塞に倒れ、
治療ができる病院に運ばれた
ところまで進みました。
今回は、その続きです。
2番目の病院に運ばれ、
血管に詰まった血栓
(血液の塊)を溶かす
治療をすすめられた時、
主人と私は、
お医者さんからの
医学的な説明の他に、
占いの結果も参考にして
「血栓溶解療法」という
治療を受けることを決断しました。
と書くと、
「そんなの占いで決めていいの?」
という声が聞こえてきそうですが、
我が家では、
「迷った時は
易に聞く」方針です。
スピード結婚だった私たちは
「結婚も占いで決めたの?」
と、よく質問されました。(^^;)
そんな訳ありません。
この結婚に関しては
不思議と迷わなかったので、
占っていません!
私は・・・ね。
結婚した後に、そういえば・・・と
思って確認してみたら、
「あ、やっぱりね。
なるほど、こりゃー
この時期に、この人と
結婚する訳だ。」
とは思いましたけどね。(^^;)
(後から知った話ですが、
主人は一応、占って
いたらしいです。)

占いは、あくまでも道具であって
それを使うのは人間であり、
人間あっての道具です。
私は、占いは迷った時の
選択肢の一つとして
参考にしますが、
そもそも
迷わない時にまで
使う必要は無い!
と思っています。
自分で考えることを放棄して
何でも占いに頼ってしまうのは、
「依存」であって、
正しい占いの使い方では
ありません。
もちろん、占い師にとって
お客様が自分の鑑定を信じて
何度も来てくださるのは
営業的・金銭的には
助かります。(^^;)
でも、本当に腕の良い
良心的な占い師であれば
自分に依存させることなく、
正しい占いの使い方を
伝授するはず。
占いは、
お金を儲けることよりも、
人を助けるために使うもの。
少なくても私の周りには
そう教えてくれる
占いの先生がいっぱい
いらっしゃいましたから。
(もちろん、お金も大事ですし、
今よりもっと良くするための
ヒントを探るとかも
有りですけど、
「依存し過ぎるのはNG」
ってことです。)
話がちょっと
それてしまいましたが、
でも、この占いの使い方
(距離感)については、
とっても大事な話なので
紹介させて頂きました。

さてさて。
主人は、頭の血管の中の
つまりを溶かす治療を
受けることになり、
その病院に入院することに
なりました。
その病院は江戸川区の
西葛西というところにありました。
この病院への搬入が
決まった時に私は
当時、合気道を習いに
きていた2人の方にだけ
再び連絡を入れました。
主人の命には今のところ
別条がないとのことで
安心している事。
そして
この病院の名前と住所、
西葛西の駅の近くにある
という、その事だけを伝えました。
救急車で搬送されたので、
私も病院がどこにあるのか
地理的には全くわからず、
詳しい説明もできませんでした。
しかし、そのお2人は
仕事の帰りに急いで病院に
かけつけて下さいました。
しかもお一人は、自分のお車で。
私がその時、連絡を取った
お二人の職業は内科医と、
行者さん(修験道)でありました。
こんな時にも西洋医学的な方面と、
見えない世界とつながりのある方と
両方からのサポートを頂けるなんて
滅多にないことだと思います。
というか、あんまり行者さんが
身近にいる方のほうが少ないかも
しれないのですが・・・。

とにかく私たちは
入院が必要な主人を病院に託し、
近くのファミレスで夕食を取り、
車で来て頂いたかたに自宅まで
送り届けて頂いたのでありました。
この時も思ったのです。
私って、
やっぱり守られてる。
助けられている
って。
主人が急に倒れ、
救急車で運ばれて
病院がどこにあるのか、
駅からの道さえも分からず、
真っ暗な夜道を
幼い子供ふたりを連れ、
ひとりで家に帰らなければ
ならなかったところを、
知っている人たち
しかも分野は違っても
お医者さんと行者さんという
その道のプロの方たちに
来ていただけて、
その上私たちを自宅まで
送り届けて頂けるなんて・・・。
もちろん、
主人が倒れてから
入院ができるまでに
携わってくださった
駅にいた皆様、
救急車の皆様、
医療関係者の皆様
をはじめ、
すべての皆様、
本当にあの時は私たちを
助けて頂いて
ありがとうございました。
その後に、主人のことを告げると
たくさんの皆様が
お気遣いをしてくださり、
励ましのお言葉もたくさん
たくさん頂きました。

あの時、私は
1歳と3歳の子供をかかえ
未亡人になっていても
おかしくないような状態でした。
でも、おかげさまで
ありがたいことに
主人は生かされて、
生き延びることが
できました。
それは本人の寿命と、
強い生きる意志があったから
なのだと思っています。
今でも、あの時の事を
思い出すと、感謝の気持ちで
いっぱいになります。
ありがとうございました。
そして、その翌日から
私たちの病院通いが
始まったのでありました。
第13話に続く・・・