いきなり本題から書きますが

 

1年生の勉強が出来ていないままでは

 

2年生でとても困る。

 

2年生の勉強が出来ていないままでは

 

3年生ではもっと困る。

 

3年生の勉強が出来ていないままでは

 

4年生の勉強には元から付いて行けない。

 

4年生の勉強が出来ていないままでは

 

もう5年生では毎日学校に行っているだけとなる。

 

 

って事は皆さんお分かりですよね?

 

 

だからこそ

 

その学年の勉強が分る様に

 

付いて行ける様に

 

塾だの家庭学習だのを習わせる訳で

 

これを『躾』に当てはめると

 

幼少の頃にその年齢にあった『躾』や

 

『生活習慣』が身に付いていないと

 

後々『社会生活』でとても困る事になり

 

果ては

 

『学校』を『卒業』してから

 

『社会』に馴染めなくなる。

 

 

 

 

けれども

 

『人それぞれでいいんじゃね?』だの

 

『それは個人の自由でしょ?』だのが蔓延する事から

 

本来将来の『社会生活』を営むに必要な

 

『集団生活』や『社会ルール』たるものに対してまでも

 

『人それぞれ』が通ると思っている。

 

 

 

しかしながら現実問題

 

そんな『人それぞれ』『個人の自由』が尊重される仕事って

 

ソコにもココにもありますか?

 

 

 

毎年毎年

 

訳わからん新人の話しや

 

使い物にならん新入社員の話は聞くし

 

そもそも面接の時点で驚く様な就活生の話も出て来る。

 

 

 

ものすごく極端に言えば

 

幼子の『躾』や『生活習慣』などに困っていて

 

尚且つどうすりゃいいのか分からん状況で

 

小学校や中学校の年齢の子の『躾』や『生活習慣』などの

 

『家庭教育』が出来ますか?

 

もっともっと大変よ?

 

 

 

『人それぞれ』大いに結構。

 

『個人の自由』大いに結構。

 

ならば

 

その『結果』として

 

お子さんが『学校』を『卒業』した時にどうなっているのかは

 

親の責任じゃね?って話しじゃないの?

 

 

 

要はココが問題な訳よ。

 

 

『何が正しいか決まってません!』だの

 

『個人の自由です!』だの言って育てといて

 

横道にそれたり手が付けられなくなった時点で

 

『この子が○○しないから!』だの

 

『学校が何もしてくれない!』だの

 

責任転嫁する事がほとんど。

 

 

挙句に

 

『子供は社会で育てるもんでしょ!』なんて言う親までいるけど

 

そう言う親に限って

 

『社会協力』『地域協力』はしていない。

 

 

自分もその『社会』の一員であるのを忘れてませんか?って話しで

 

言うなれば

 

自分はして貰ってもして返す事を考えていない。

 

 

『だったら子供なんか産めませんね!』と言うのなら

 

それこそそんな人には産んで頂きたくは無く

 

単に子供が増えれば良い話しでは無く

 

国民の三大義務が果たせる子供が増えなければ意味が無い。

 

 

子供を3人も4人も5人も産んだところで

 

ニートだ生活保護だじゃ

 

むしろ経済的にはマイナスになっている。

 

 

 

以前の記事にも書きましたけど

 

大人になったら叱られない。

 

まぁ、叱られた所で無視すりゃいい。

 

はぁ?あんた何様?何の権利で?と悪態を付けゃあいい。

 

 

 

『自由』と言う権利を行使したいのであれば

 

『結果責任』を追う義務も発生する事は考えた事は無いのだろう。

 

 

 

1年生で足し算引き算が出来ないままで2年生になれば

 

掛け算の授業に付いて行けますか?

 

 

足し算引き算が完璧でない上に

 

掛け算もほぼ出来ないままで

 

割り算や分数少数の問題が出来ないなんて分り切った事でしょう。

 

 

 

ずーーーっと出来ないままでも

 

中3で一気に出来る様に詰め込めばOKとお思いか???

 

 

 

 

って事を

 

コッチ側の我々は分かっているから

 

子供が物心つく以前の

 

もっと小さい頃から

 

日々積み重ねて『躾』ている訳だ。

 

 

親の力量や環境など理由がどうであれ

 

いつかは『社会』に出て行く。

 

親もいつまでも生きていないし

 

そないに大金持ちじゃない限り

 

否応なしに『自立』する日は来る。

 

 

 

 

今までの経験上ですが

 

出来の悪い躾の出来ていない子の親ほど

 

子供自身の責任にする。

 

 

『この子が○○で□□だから!』

 

『親だの子だのって言う歳でも無いし…』

 

『本人に任せてますから!私に言われても!』

 

 

【悪いのは子供自身なんです!私は悪くないですから!】

 

って言ってますよね?

 

 

 

『個人の自由でしょ!』と言って育てておきながら

 

最終的に

 

『子供自身の責任!』とする事を

 

『無責任育児』と言うんでないかい?

 

 

 

その昔関わった非行少年の親御さんが

 

まだ子供は中学生だと言うのに

 

『いつまでが親の責任ですか!?

 どこまでが親の責任ですか!?』

 

と怒鳴り

 

『親として考えるなら、その子の一生の責任は親にあると思います。

 少なくとも、子供が自立出来る様に育てて、巣立たせるまでは責任があると思います。』

 

と答えると

 

『はぁぁ???

 働いてたらそんな事出来ません!

 そこまで出来ません!』

 

 

お子さん本人の前で言い切った親がいた。

 

 

 

 

近年の犯罪を見てみると

 

30や40や50の十分大人が犯した罪にも関わらず

 

『親はどうやって育てたんだ!』との声が上がっているが

 

ある意味その歳になったら親関係無いじゃん!とは思うものの

 

やはり『親の育て方』は一生ついて回り

 

『三つ子の魂百まで』的な

 

『親の責任』は一生ものだと言うのがよくわかる。

 

 

 

 

 

ものすごーく極端な事を言えば

 

躾けもせずに、また出来ずのままで世に出す事って

 

猟奇的な犯罪者が

 

幼少期から不遇な半生を過ごして来たのと

 

レベルの違いはあれど

 

同じ事だと私は思う。

 

 

『この子も小さい頃にちゃんとした親にちゃんと育てられていたら

 こんな犯罪は犯さなかっただろう』

 

と思うのと同じく

 

『小さい頃にちゃんとした親にちゃんと育てられていたら』

 

と言うのは共通する。

 

 

 

『ちゃんとした親って何ですか!!!』

 

と咬み付いて来る時点で

 

『ちゃんとした親』をご存じ無いお育ちをされた方だと分かる。

 

 

 

このブログの読者さんの中には

 

私の様な姑世代ばかりでは無く

 

子育て世代のお若い方もたくさんいらっしゃるが

 

分かる人には分かるので

 

『ちゃんとした親』がどんな親か分からない

 

えっ?ソコから教えなアカンの?って方は

 

そもそもそれでよく親になったねと驚く他無い。

 

 

画一的にコレと言って決まった物では無い物の

 

ある意味学年や年齢によって

 

『これは出来なアカンやろう』

 

と言う物が出来た上での

 

『個性』だと私は思う。

 

 

 

『お箸がちゃんと持てないと大人になって恥をかく』

 

と言う認識のコッチ側に対して

 

『お箸の持ち方も個性!

 そんな事を恥ずかしいと思う人の方がおかしい!』

『恥ずかしいと思ったら自分で直すでしょ?』

『だって何度言ってもこう持つんだもん~』

 

と言う認識のアッチ側が

 

『躾』や『マナー』の議論で

 

分かり合える訳が無い。

 

 

 

 

まぁ

 

最終的に何が言いたいかと言うと

 

子育ての結果は直ぐには出ないからこそ

 

最後に笑う為にはどうすれば良いか分かるよね?って話し。

 

 

ではでは(^▽^)ノ

 

 


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