協生農法の発案者野人むーさん(後方)と理論付けた船橋博士の黄金コンビ野人原人は面白くて最強です。
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ラジオ放送〈今野華都子の今日もくもりのち晴れ〉
《船橋真俊博士が語る「協生農法」とは
          2017年2月22日放送分



ー《船橋真俊博士が語る「協生農法」とは〈全文付き〉》永久保存版ー

協生農法とはどんな農法か。
わかりやすい例としては、私たちは多細胞生物で進化した生き物です。
それぞれの細胞に役割があります。皮膚細胞でしたら皮膚を形成して内部の臓器を保護する、筋肉だったら収縮して運動をする役割があります。細胞が集合した臓器においても同じで、機能が分かれていても協調的に働いています。
これは自然界の不変の原理です。

生態系をとっても同じようになっています。
では、生態系の構成要素は何かというと、個々の植物であり、その上に暮らす動物であり、それらを分解したり再生産する微生物たちです。
生態系を健全に守るためには、いろんな生き物が共存している。その中には食べたり食べられたり一見競合している面は持っているが、そういうものを含みつつ多様性がなければならない。たくさん生き物がいなければならない。これが健全な身体を維持する秘訣なのです。

今の農業を見てみると、ジャガイモだけとか、タマネギだけとか一種類だけを取り出して生産している。身体で言ったら臓器を細胞ひとつひとつを栄養を与えて培養して、それを組み上げたら人間が出来るんでしょうか?どうしても無理ですよね。



農業の発祥から1万年くらい経ています。ここ100年で農業は細分化して、ひとつひとつの収量を最適化して来ました。これは地球上から飢餓を無くすには非常に効果がありました。これは科学の勝利です。
でも、その科学にも盲点があります。自然の循環からひとつひとつ取り出すのではなく、全体として、多様性の中で生き延びて来た部分が入っていなかったので、そこを入れて、それをベースにして農業を再定義しようというのが協生農法のベースにある考え方です。

協生農法のむー農園に行くと、これは薮か草むらかというように、何百種類の有用な植物が250種類も共存しています。
今まで人為的にこれだけの生物多様性を構築出来るという考え方は今までなかったのです。農業は今まである環境を壊して生産性(食料)を取り出す、林業だったら木を取り出す考えの上に発展してきました。
協生農法は根本的にそれを超えられる。

今までも観光農法、有機農法、自然農法とかいろいろありますけど、協生農法はどの範疇にも入らない。自然農法とは部分的にオーバーラップするところはあります。肥料をあげない、耕さない、農薬を使わないなどそれを徹底している自然農法は少ない。

先ほどの定義でいうと
その農薬をやることで生態系が構築出来る。もっと理論的に推し進めれば、砂漠を緑地化出来るところまで実際に出来るのが協生農法という枠組みになるんではないかと思っています。

これを始めたのが2009年12月に初めてむー農園を訪れた後に、これは自分で始めなければと実家のある神奈川県で空いている土地を借りて、全く植生の無い小学校の校庭や砂利だらけの駐車場の様な土地で始めた。開墾しようと思ってツルハシを振り下ろすと火花が散るという様なところで一日かかってもなかなか動かない夜中になると火花が散って綺麗だなというところで2010年1月正月休み返上で実験農場を作りました。そこにむーさんにも来ていただき、いろんなことを教わりました。私は主に科学の知識とか方法論で発想するトレーニングを受けているのですけれど、むーさんの場合は、いかに自然界で生き残るかなので、農園作業している間はむーさんは横で寝ているわけです。
終わると「おぅ原人行くぞ」というわけです。私は原人と呼ばれ、むーさんは野人で、野人原人コンビです。山とかに連れて行くんです。「原人そこに食い物があるぞ」見ても草薮しかないのですけど「これはクコと言ってな〜不老長寿の薬草として、中国の始皇帝も探すために使節団を送ったんじゃ」と野人節でいろいろ講義をしてくれるんです。「あっそうか」とそれを採取して帰ったり、海に行くと「原人あそこの岩の下に潜るとなになにが採れるぞ」と全て実地で教わった感じです。
そういったものを一つひとつ積み上げていった野人むーさんの体験値からくる立体的思考と呼ばれているものと、現時点で科学が分かっていること、生態学、物理学の対応をとってむーさんの答えと科学でたどり着つた答えに共通点と相違点が有ります。
共通点は一致しているから正しいだろう。相違点があった場合は、科学が部分的過ぎて違っているところ、むーさんの理論の中に入れるべき知見がある。その方法を細かく洗い出してこの食い違いの原因はどこにあるのかという、大きな視点からの統合の作業をしていった実験をしていった。
日本の神奈川県で、最初は駐車場だった砂利のガレキのような所が2〜3年もすると黒土になり、草もよく生えて、果樹も2〜3年経つと急に成長を始め、生態系の立ち上がる様を実験的にみることが出来たのです。その中から徐々に協生理論が それぞれの中に出来て来ました。

伊勢のむー農園でも普通の農園に比べ倍以上の収量が有りました。生態系の構築という点では250種以上栽培し、自然発生した草、木を加えることが出来ると、普通の農業で作っているものに比べると、むー農園は一反(1,000㎡)ですが、普通の伝統的農法や自然保護的な農法で生物多様性が多いと言われる農法よりも一つの県に匹敵するくらいの産物の多様性があった。面積当たりだと収量も倍以上ある。生物多様性から考えると桁違いに多い農法です。
日本という気候条件ですが、日本の神奈川県で土がなかったところに数年で生態系を建て直す事ができた。

 世界の大部分は農業によっての自然破壊があった自然破壊で砂漠化が進んで困っている。
世界の乾燥地帯でやられている農業の70%が砂漠化を進行させていると言われている。そういうところに生きている人はたくさんいる。
農業というと、アメリカの様な大規模農業は世界の全収量の1/3に過ぎない。7割の人が食べている食料が、小規模の家族経営のもの。日本だけでなく東南アジア、アフリカ、インド、とか手作りの小規模の農家が作り出したもの。そういうところでは、砂漠化の影響が深刻で小規模農家を直接支援する活動が出てこない限り農業が変わらない。

私は科学者として学会活動で発表したり講演でヨーロッパを始め、インド、アメリカ、アフリカなどいろんな国にいきました。その中で一番深刻なところからオファーがあった。サハラ砂漠南に位置するブルキナファソという国。そこの団体から協生農法を導入してみたいとオファーを受け、始めたのが2015年3月から実験を始めて、一年間やってやってもらった。私は日本にいました。けれど、いろいろメールを使ったり協生農法とは何かということを説明して、その通り忠実にやってくれまして、そうしたら驚くべき収量と、砂漠化した二束三文の土地が熱帯のジャングルに大変身してしまった。これには私もビックリしました。
協生農法の理論、日本での実験からはどう考えでも砂漠化された地帯の農業を救うのに協生農法は決定打になると理論的には分かっていたのですけど、実際にやってみてそれを上回る成果が出て来てしまったのでビックリして急遽国際シンポジウムを開催することになりました。

続く



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野人むーさんと原人船橋博士には有名になりたいとか、金持ちになりたいとか、カッコよくなりたいとかが一切ありません。
自分の能力、体験をこの世で生かしみんなが幸せなってくれたらそれで良い。ただそれだけです。




《新釈古事記伝》阿部國治著
第四集「受け日」の中にこんな一節があります。

「天地自然が万物を育てることを自然の化育といいます。農業が自然の化育に参ずることであると言われています。農業に限らず全て人間する仕事は自然の化育に参ずることでなければならぬのです。
自然に対して不遜であることは自分自身に対して不遜であること、それは同時に自分自身の真の姿を知らぬことを示すのであります。

その様に心に刻みたいと思います。