( 最近 特に言われている 発達障がいのことを 否定するわけではありません。
あくまでも 私自身に対する気付きを 綴っているだけに留めておりますので
誤解の無き様お願いします)
実際に精神科へ行くこともしていないので
「発達障がいなんだろうな」と思う としか言えない。
現に コミュニケーションをとることが苦しいあまり、
家族というものがわからないくらいだったし
社会に出ると 更に 仕事の面で 様々なことで自分を責め続けてきた
・・・ やっぱり 私、発達障がいなんだろうな
先日 かなり落ち込んで居た時に この動画を見つけて FaceBookに アップして
ぼんやり 考えていました
数日経って・・・
あれ? と気付きました
(自分が発達障がいかな? うん、多分そうだろうね とか いや、違うよ・・・ とかいうのは おいといて)
「私は (恐らく)発達障がい なんだろう(違いない)」 というフレーズを前提にして
自分を 否定し続けているよね、何か褒められたりしても 自分を低く評価したりして 否定していたよね
自分が 他の人よりも 仕事の覚えとか環境になじむこととかが 遅くても
それは 職場の環境次第で 意外と続けられたりできることもある
(リラクゼーションのお店とかも 気長に見守ってくれたしね)
コミュニケーション が うまくとれない しゃべるのが苦手 だというのも
実は 「思い込み」だったりする
(質問されても すぐに答えられないから・うまく意見や感情を言葉で表せないから・リアクションとの取り方やシチュエーションごとの受け答えの仕方がわからないから・・・などなどコミュニケーションの取り方がわからないというのが大きいんだけど)
「(しゃべるのが苦手とか言ってるけど)実は 本当は しゃべりたいんでしょ?」と言われて ちょっと心が反応したんだよね。それも思い出したことも 気付きに繋がってる。
更に 退職した時、お店の人たちから 「自信なさそうだけど 実は 結構いろいろと 他の人よりもできていることが いっぱいあるよ~」と言われて それをメモしたノートを手渡されたことも 思い出した
「発達障がい」であることを 確認して それを前向きに捉えて 「だから こうしましょう、職場に理解してもらいましょう」 と 考える方法が 一般的で それを否定するわけではないけど
それよりも 発達障がいの特性にあてはまる点は それとしておいて
「・・・でも、」 これが できることがあるやん、
それを公表しなくても 受け入れてくれる人や環境もあるやん
話しかけてくれたり 普通に接してくれる人もいるやん
そう思えば
「発達障がい である (と思う or に違いない)」という
「前提」 は どうでも良くなるんだよね
特性 も 自分の傾向 にしか すぎないわけで (あれ?これも思い込みかしら?)
なんとかなることも あるしね
( やっぱり 言葉にするのは 苦手だぁ~ これを書くのに めっちゃ時間かかっちゃったよ~ でも すっきりした~!)