過去に私は誰にでも、優しい気持ちが本音はあり、こちらが誠実に優しくすれば、その人達は必ずわかってくれる。と信じていた

 

実は、北風と太陽という話を信じており、寒さには心を人は閉じ、暖かい気持ちには心を開くから、誰にでも優しく親切にするのが良いと、長年信じていた

 

時に、優しさが人をダメにする場合もあるということを、この年齢まで気づかずに生きてきて、とてもショックだった

 

いつも自分のことより、他人のことを優先させ、これをすればきっと喜ぶということも、多少の無理をして行う。

最初は感謝していた相手も、いつもそうであるならば、「ああ、この人はこんな人なんだ。これが当たり前なんだ」と段々それが普通になってゆく

 

そして自分自身にも負担になりすぎて、ある日段々それらのことができなくなってゆく

 

その時に相手側はどう思うか?

 

今まで、よくやってくれて、ありがとう。今度からは、こちらが出来ることは、するよ

 

とはならない・・・・

 

なんで、今まで出来てたのに、出来なくなったんだ。手を抜いてるんじゃないのか?

 

と言われる人間関係を今まで繰り返してきて、早半世紀

 

何かが間違っている。とずっと思っていたけど、何が違うのか今まで理解できてなかった

 

やっと分かったのは、私が他人を喜ばせようとするのに、自分自身を喜ばせることをしなかったからだと思った

 

自分自身に優しくするという気持ちがあれば、本音では嫌だと思っていることを、相手が喜ぶからという理由で行うことはしない。誰が一番愛させなくてはならない人物なのか?それは自分自身だった

嫌なことは嫌という。それで縁が切れる相手はそれまでであり、本当に相手があなたを愛していたら、相手が嫌だと言うことを強制することなんてしない

 

私が誰かに頼み事をするとする。その人がそれは嫌なんだ。ごめんね。と言ったとする。私は怒らないし、ごめんね。検討してくれてありがとう。と言う。

 

つまりそういうことだ。嫌なことを嫌とキチンと言わないと、相手が本当にあなたのことを大切に思っているかどうかすらわからないのだ。

 

本当は、誰もが互いに助け合い、支えあうのが目標なんだけど、今は自分自身をとても大切に扱い、幸せになることが一番大切なんだと思っている