お願いごとをするときに、いつも思うのは、多くの人は自分のことをお願いする。ある意味当たり前のことなんだけど、視点を少しだけ広く持ってほしいといつも思う
- 私達は、神社で願い事をする。その時に願うのは、もっと幸せになりたい。あの人から好かれたい。
- もっとお金が欲しい。お金持ちになりたい
- 誰かとトラブルになっているからなんとかしたい
- 希望のところに就職したい。試合で勝ちたい
- 自分の周囲の家族や仲の良い人が幸せになりますように
という感じの願いがほとんどです
願いに間違いも、間違ってないもなく、人間としてもっと幸せになりたいと願うのは、当然の話で当たり前なんですね
世の中の人は、人並みになりたいといつも願う
人並みとは何か? 他人から見て、自分自身が廻りと同じように見えることかな?それとも、人から見て、この人はすごい人だと思われたいということかしら?
人から見られる自分自身というのを、いつも意識して生きており、誰もが自分自身に注目して、他人の本当の気持ちを寄り添える人が少ないといつも思う
誰かの幸せを祈り、そして自分と直接関わりがない人の幸せを祈る
人間一人一人が、そのような意識に目覚めることで、世界の意識は一つになり、そして皆が平和で幸せな世界に迎えるように思える
私達は、一人一人単体で身体を持っており、別々でまったく相手側の気持ちをわからず嘘をついてもわからないと思っている人も多くいるけど、誰もが本当は、その人が何を本心で考えてるのかを理解しており、そして愛で接することで、その気持ちを感じることができる
この世界に生きている、一人一人が他人のことを自分自身のように、幸せになれる手助けを互いに出来る世界になれば、皆が幸せに生きれるはずなんだ
私は神社でいつも祈ります
世界が愛と平和で繋がれますように。互いが互いを助け合い、導きあい、支えあう、そのような世界になれることをお願いします。
