出産後の危険な状態も乗り越え
私が入院している2週間の間はなんとか落ち着いている様子で過ごせました。
手術した2日後ぐらいから私はすぐに個室に移してもらいました。
同じ病室には、元気に赤ちゃんを産んだ人達が一緒でカーテン越しに
「おめでとう」と赤ちゃんが生まれた話を嬉しそうにされてる会話が聞こえてくるし
夜中には授乳するために看護師さんが他の方を起こしにくるから
私にとってこの病室の環境は1人でいれるところではありませんでした。
個室にいてても何もする事がない。
「入院している間はお母さんが会いたかったらいつだって赤ちゃんに会いに来ていいからね。」
とNICUの先生は言ってくれた。
緊急でお腹を切ったし、24時間点滴が刺さりっぱなしだからそんなにはテクテク歩いて行けないけど
出来る限り私は赤ちゃんを見に行きました。
NICUの横には元気な赤ちゃんが並んでるガラス張りの部屋があり
授乳しているお母さん達がちらっと見える。
本当だったら私も赤ちゃんもあそこにいるはずだったのにと
何度涙を流したかわからない。
赤ちゃんが生まれた7日目の夜の病院の食事は
お七夜で「出産おめでとうございます。」とメッセージが付いててお赤飯でした。
何もかもが悲しくて涙を流しながら少し食べたかな
でもこのとき
そうだよね、赤ちゃんは産まれてきて
今頑張って生きてるんだから
私がずっと泣いて悲しんでばかりいたら駄目だよね
赤ちゃんが生まれてくれたこと喜んであげないと
「おめでとう」やんな
と思うことにしました。
保育器の中で全く動かないけど
一生懸命に生きてる赤ちゃんに
出来る限り会いに行きました。
泣いてばかりの毎日から少し元気を取り戻してこれたかなと過ごしてたある日
産婦人科の部長先生の回診てのがありました。
何人もの研修医みたいな人を引き連れて
患者ひとりずつを診て回る。
私の個室に入ってこられて
カルテを見ながらその部長先生
「あ、こないだ緊急手術した方ね。
赤ちゃんは大変みたいやね。」
私が「病院に来る前の晩に何か動いてないな?と思ったんですが、その時だったら間に合ってましたか?」と尋ねると
「お母さん、前の晩にきてたら赤ちゃん助かったかもね。」
と、サラッと言って出て行かはった。
部長先生が出て行った後
私はもうドン底まで落ちました。
私はこの言葉
ずーっとずーっと耳に残り
あの時の部長先生の姿も
ずーっとずーっと忘れられない。