今日は節分の日でしたね。
季節の節目。
こちらは先月訪れた
弘法山への途中の山から
富士山をきれいに拝めたところ。
行く時は雲で富士山が隠れていたけれど、
帰りにはスッキリと雲も取れて
きれいな姿を拝めて嬉しかったなぁ。
💕 💕 💕
節目って
人生に何回か
訪れるけれども
今年の誕生日を境に、
私も何か静かに
しかし、何回目かの大きな節目を
迎えたような気がします。
それって目に見える何か
大きなものではないんだけれども。

今年のわたしの年齢は、
亡母が病に倒れた年。
これはわたしが20代後半の話。
ちょうど2月だったかと。
その頃、一人暮らしをしていた私は
ある寒い日の仕事帰りに、
友人の赤ちゃんが生まれたと言うので、
産院にお祝いに駆けつけました。
当時は車通勤でした。
車を降りようとしたときに、
実家の母から電話がかかってきて
どうやら具合が悪いらしい。
これたら来て欲しいと言う電話でした。
友人の赤ちゃんを見てほっこりした後、
胸騒ぎがして
足早に実家に向かったことを覚えています
母はこたつにいて
体が思うように動かないと。
時期的に風邪等の体調不良かと思い、
次の日病院に連れて行きましたが
そこでの検査で医者に言われた言葉は、
にわかには信じがたい内容でした。
余命半年。
緊急で入院した母を病院に置いて
家に帰宅し、その後、
何をどうしていたのか、
あまり記憶がないです。
ただ、父と弟と
その前の晩の残りのおかずを見て、
もうこれは最後の母の手料理だねと
泣きながら食べたのを覚えています。
その後、病院を転院したり
検査も繰り返しましたが
余命は放射線治療のおかげか
22ヶ月と多少伸びましたが
いずれも、残された月日は
そう多くはないと言うことを
受け入れなければならない日々でした。
母がその電話してきた時は、
まだ今の私の歳。
だから
今年は
「生きる」と言うことを
重く受け止める年になるであろうと
数年前から、この歳が近づくにつれ
おもっていました。
そのおかげか、
いろいろな意味で自分自身を振り返るタイミングがやってきたなぁと感じざるを得ないこの1.2ヶ月だったなと。
いっぱい、いっぱい
過去や今の自分と対話をしました。
そして、いろいろな重いモノを
手放したと思います。
母がもっと生きたい!と
最期いっていた言葉が
わたしの脳裏に焼きついているし
そう願っていた明日を
生きさせてもらっている。
でもそれは
誰かのためではなく
自分のためになのだと。
それは母が身をもって教えてくれた
私へのメッセージを
受け取ったからかもしれません。
背負わない
私の人生の一刻一刻を
大事に生きる
これ、大げさなことではなく
日々の私の意識の変化だけなのですが
とても今は身軽で、軽やかで。
やっと、本来の私に
やっと、戻れるなぁ。
そんな節目の
誕生日と節分と立春💐


