卒業式シーズンの3月。
何回人は入学、卒業を繰り返すのか
改めて数えたら
幼稚園(保育園)
小学校
中学校
高等学校
大学(専門学校)
✖️2で
(人によりけりだけど)
10回ぐらいが多いのかな。
入学式、卒業式は
子育てしていれば
当たり前にめぐると思っていたけれど
コロナ禍で
我が家の場合
高校の卒業式は親が入れず
大学の入学式にいたっては
本人達もなかった年。
あんなに楽しみにしていた
大学生活のスタートが
みんなできれなかったショックは
親としてもいたたまれない気持ちで
オンラインで授業は始まっても
やはり「式」がないって、、、。
こんなに「節目」や
「式のありがたみ」を
重く受け止めたときは
なかった。
でも
先週、
息子の大学の卒業式に参列できて
4年前のその気持ちを
完全払拭できるくらい
(本人達の気持ちと親の気持ちは
また個々に違うだろうが)
喜びと達成感と充実感と
様々なものに溢れた感動が
詰まったギフトボックスのような
時間と空間を魅せてもらえた。
前日夜遅くまで
卒業式のサプライズの準備
皆の集大成がそこここに。
来場者はどの方々も
心から楽しんでいたのでは。
私もその一人。
まずは学部全体の式が1時間半
その後、場所移動しての
学科毎に執り行ってくださり
(こちらはじっくり3時間近く)
式の内容はどちらも盛りだくさんで
より親身にご教授くださった
恩師達からのエールを頂き
またキャンパス内は
学生達の集大成のエネルギーが
各所におかれ、満ち溢れて
2つにわかれた式は
まるで講義を受けているかのような
ライブ感覚。
親和性と臨場感。
個性豊かな
才能溢れる若者達の出立ちからも
そのエネルギーがほとばしり
ラスト
ほぼ丸一日いられた
キャンパスで(笑)
親である私も
「子育て終了‼️
大大満足である‼️」
と感謝を大声で叫びたい気持ちに
なるほどの楽しさ溢れる
(絶対、感極まって泣くと思ったのに
1ミリ足りたりともそんな場面はなく
)「笑顔と笑いの1日」でありました。
またこの数年間、十数年間
いや、大袈裟ではなく
産み育てた22年間が
走馬灯のように
思い起こされる1日。
もちろん主役は
学生達ひとりひとりなんだけどね。
親達も子育ての醍醐味を
味わわせてくださる
そんなまさに「卒業式」でした。
ある教授が
学生達がこの4年間で
身につけた、あるいは磨いた
(本人達はデフォルトとしている)
「特殊な才能」の話を
してくださったのですが、
まさに存在意義。
それらを意識して
これから社会にひとりひとりが
飛び出して、
お役に立てることは
人生を豊かに
しいてはまわりも豊かに
していく
まさに未来そのもの。
その言葉をうけて
羽ばたいていく若者達。
まぶしいね。
さあ、子育て、
親も卒業です。
ここしばらくは正直
もう精神的にはだいぶ前に
親を超えて自立し、
まさに物理的にも
4月からは遠くの地で社会人となる
息子との別れを寂しく感じ
気持ちも低空飛行だった私ですが
ここ、数週間
卒業式前後の色々なことを
体験できて
気持ちも晴れやか。
「なにも思い残すことなく
やり切った!!!」という
息子の言葉を誇らしくおもいます。
子を産み、育てるという
22年間のあなたとの歩みは
お手本が、あるわけでも
完全なる正解があるわけでもなく
右も左もわからずだけど
一緒に泣いたり笑ったり
一緒に体験したり、経験したり
寄り添ったり、離れてみたり
まさにやってみてわかる実験
時に自画自賛したり、反省したり
失敗も成功も
どれもいいんじゃない
親子の数だけ形がある
そんな子育てを
私もやり切りました。
やりきれたと言えるのは
私の力ではなく
それは
あなたが
「存在してくれたから」
チャンスが到来してくれて
私に体験、学びが与えられ
やれたのです。
おかげ様なのです。
それでは
次の人生第二幕に
私も飛び込んでいくこととします。
お互い
楽しんでいこう❗️

