やはり市販のものは
完熟したら腐ってしまい売れませんから
出せませんよね。仕方ありません。
それゆえに、木から直接もいで食べられる贅沢さ。
ありがたくおもいます。
* * *
例えば、私は漁師ではないので、
捕れたての魚をさばいて、活きのいい魚料理には
おそらくありつけないでしょう。
何かの情報網で、そんな自分は得ることができないものを
目にすると
「いいなあ~」という欲望がでてきます。
欲望自体はいいも悪いもない。
ただ、
食べ物に限らず
自分がないもので、目にすると欲しくなるもの。
そこに固執してしまうと、ちょっと違う話になります。
たとえば・・・
毎日ハッピー、幸せそうな人
いろんなことをしていて、楽しそうな人
めっちゃ、お金持ちそうな人
やりがいのある仕事をバリバリやってそうな人
フットワーク軽くてなんでもできそうな人
だれにでも優しくて賢くて人に好かれそうな人・・・
そういうとき、
あなたなら、どんな反応をしますか?
それを持っている人を羨ましく、ねたんだりする?
それを持っていない自分をひがんだり、さげすんだりする?
はたまた
それをただ、そういうこと、そういう人がいるとへ~っと眺めている?
人によって自分のなかに生まれるものが違ってきます。
生きづらさ、苦しみ
それは与えらえるものだけではなく
自分で作りだしているときも多々あります。
あ~してほしい、こうしてほしい、
あ~なればいいのに、こうなればいいのに
欲望や欲求が強くなればなるほど
どうしてこうならないの?
私は〇〇なのに!!!!
そこに人様に対するいらだちや嫌悪する気持ちが産まれたり
はたまた、そうならないのは自分のせいだとする人は
自分の存在や行動に罪を感じ、罪悪感を生み出します。
嫌悪も罪悪感も苦しいですよね。
しかし、
これらは誰かが、与えたものではなく
自らが思考のはてに産みだすものかもしれません。
人間のなかには
様々な種類の欲求はあります。
これは自然なこと。
自分のなかで、最初は小さくても
実はある欲求がうまれている可能性があります。
それがどんなものだったか?
そこにきづかないでいると
それらは知らず知らず、大きな欲望に育ったり
嫉妬、ねたみ、罪悪感・・・などと姿かたちをかえて、
大きな「苦悩」を自分の中にうみだします。
今、何かで苦しいという人は
これ以上の苦しみを自分でうみださないこと
そして、今ある苦しみは
どんな欲求、どんな欲望からきているのか
そこに気づいていくと、
自分のなかの苦しみは自然と消えていくことと思います。
浄化されるのですね。
自分を大切にするということは
ただ単に、好きなことをするとか
自分が本当はどうしたいか?ということに気づく
そういうことももちろんですが、
新たな苦しみを創り出さないということも
含まれていくと思います。
今日もあなたにとって良い一日を☆
