メンタルコーチのユッキー♪です。
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この時期は
芍薬も素晴らしい大輪を咲かせていますね~
薔薇もだけれど、芍薬も大好き
です。
なにやら、意味深なネーミング(笑)
面影かあ
人って自分のことをどう把握しているでしょうね。
「自分そのもの」を感じることって
シンプルです。
でも意外とやらない。
自分はみえないから。
「鏡」を必要とするのです。
だから、
まわりからどう思われているか。
まわりからどうみられているか。
こんなことを言ったら、なんて思われるか。
Aさんと比較してみると私はなんて●●なんだ!
人を介して、自分をみることで
時に上から目線だったり、
逆に自分を貶めたり。
「比較してみる」って、
ある意味自分をみるときに
やり易い方法なのです。
ある種、自分をみるときの癖です。
そうしてきた、何年も何十年も。。。
そして、そうしてきた人はずっと無意識でやり続けます。
嫌だな~と違和感を感じつつもね。
なぜならば、それである時、いいおもいもしているから。
自分にとって「得」もあったわけです。
いい気分になったこともあったでしょう。
だから手放さないやり方、見方なのです。
実のところ、比較は楽にできて、ある種楽しいこともある
魅惑の手段にもなりえます。
しかし
時に比較対象は常に人生変わってくるので
辛さも伴います。
誰かとの優劣、これは一番厄介です。
自分が下になったと感じたとき。
自分には価値がないとさえおもってしまうようです。
反面
世の中、いろんな人、モノがありますから
「比較しないこと」は難しいでしょう。
でもせめて自分が自分を観るとき。
まわりを(他人を)介すのではなく
優劣や損得にフォーカスするのではなく
「自分そのもの」を感じられたら
「今、自分が持っているものそのもの」だけを
自分が大切にできたら
とてもシンプルで楽で、素直にまっすぐになれるのではないでしょうか。
そしてそれは自分応援そのものになり
(自己肯定感にも通じます)
芯ができます。こわいものなしです(笑)
呼吸法や瞑想などが
ここ最近、ブームになるくらいなのは
そういったほかとの比較対象をもって・・ではなく
「自分そのもの」を見られる方法だからではないのかなと
私は思います。
皆さん、呼吸法や瞑想をすると
余計なものが最初は浮かんできて
それを取り払おうと躍起になりますが
それは
それだけまわりを気にしていたんだねってことでもあり
そういう方法からちょっと違うアプローチをするのには
やはり、少し時間がかかるでしょうが
だんだん自分そのものを自分が直視できるようになると
本当に違う感覚になり、人生楽になる。
物事の絡みをつくっているのも自分。
鎧をたくさん来ているのも(そうすると決めたのも)自分。
でもあるとき、
「それ、疲れるからやめてみよう!」
そう思ったときが
新しく自分を観る目が
冴えてくる時なのかもしれません。
