
コスモスがあちこちに咲いています。
大好きな花をみられると朝からウキウキします。
街をあるいていても
花が好きなので、やはり季節の花々を
目で追いかけている自分がいます。
興味のない人はそこにあっても
気づかないでしょう。
人それぞれ、「気になっているもの」が違うので
同じ状況、同じ環境にいても
みえるものが違うわけです。
以前家族に
「今日、ほら、あの青い服をきていた女性・・・」といわれて
はて?青い洋服そんなところみてないから誰かわからん~
とおもったことがあります。
同じ風景をみていたはずなのにね(笑)
どこをみているかは、人次第。
このように
人は自分の気になることに意識が集中しやすい。
しかも「無意識で」
あ~私はここが気になっているんだな
だからそのことばかり考えるんだな。
そう思えると、ちょっとものの考え方が変わります。
* * *
今日は一人暮らしの父は全然気にしない
実家の「掃除」に行ってきます。
元気なスーパー爺様ですが
もう80歳近いので、やりたいことしかやらない(苦笑)
「掃除」は二の次な人です。別にほこりじゃ、死なないしね・・・
父の暮らしだから・・・と
殆ど口は出さないようにしているのですが
たまに行くと、やはり私の基準では「ありえん!」という
散らかり方をしております(苦笑)
(父の名誉のために言えば、別にごみ屋敷とかではありませんが
)
でも父の基準では「気にならない」わけです。
私が気になるだけ。
(これ、捨てるでしょ~。。。みたいなのがいっぱいある)
だから父のためとおもって掃除をすると
「してやったのに」「なんでこうなんだ!」となり
いい気分はしないので
それもわかっているから、しなかったのですが
今日は
私が気になるから、自分のために
実家を掃除しようと思うと
なんだかワクワクするわけです(笑)
元々自分が住んでいた家だったというのもあり
やはりどこかに愛着もあるわけなんですよね。
(亡母はマメに掃除をしていた人だったので
私のなかでは、その思い出もあるのでしょう)
で、先日、こんなメールを父にしました。
「今日伺ったらお留守でしたが、
お仏壇まわりをはじめ、仏様がほこりで居心地悪そうに
しておりましたので、そのまわりを少しお掃除をしました。
お部屋周りもだいぶお散らかりのようですので
ご所望とあらば
ダスキンユッキーが参上いたしますので
遠慮なくお申し付けくださいませ♪」
ちょっとユーモアたっぷりに(笑)
状況説明だけして、決して相手は否定せずに。
そうしたら、返信がきました。
「色々ありがとうございました。
お掃除、大大感謝でございます。
ダスキンユッキー様にぜひお願いしたく
よろしくお願いいたします」
と、ユーモアで帰ってきました(笑)
自分から掃除を頼むとは絶対に言ってこない父が・・です。
相手のドアがオープンしたので
ならば、と私はまた次のようにメール。
「暑くも寒くもない、この季節お掃除にぴったりです![]()
年末になるまえに片づけをしてしまいましょう。
捨てては困る重要書類などはひとつのところに集めておいてくださいませ。
不用品は廃棄したいと思います。」
要は、いらんものは捨てるからね!ってことなんですが(笑)
当日、いろいろ捨て始めると「それはいる」「それはまだ使える」となるので
事前に優しく通告しておきました(爆)
「了解しました~!」と返信がきたので
ちょっとは構えができているかな?(笑)
まあ、なにはともあれ、
人は自分の気になることを
ただするのみ。
なにが気になっているか
自分の意識がどこにあるのか
人はとかく家族のように近しい人に関しては
客観的にはみられず
自分の気になっていることが同じように感じてほしいと
共有したがりますが
そこはあくまでも「自分が」気になっている事。
主語が自分で、それにともっなった行動だと
なにをするにしても楽です。
(逆もしかり、主語が自分で「しないこと」もあり)
さあ、今日はお仕事感覚で
なりきって(笑)エプロンもって行ってきます![]()