2月に入りました。
昨日、無事に誕生日を今年も迎えることができ
改めて、「生きる」ということを考えた1日でした。
昨年の誕生日の頃には↓こんなことをブログに書いていました。
自分に置き換えてみると
結婚して、子育てをして・・・という30代~40代前半は
そこから学ぶことが多かったし、必要だったと思います。
でも、もうすぐ50代をむかえるにあたって
これからの3年間は
少し、じっくりじっくりと自分の感性も心も探って磨き
淡々と何事も眺められるように、自己研鑽をしていきたい。
味わい深い50代を迎えて、自分の命を活かせるように。
結果それがまわりにいる近しい人のなにかに
役立ったり、お互いがよかったねっていえるようなことに
つながれば幸い。
なにより生きていることを
深めていくことが
与えられた命に対して
そして「生まれたこと」の意義なのかもな~って。
3年間で深めていきたいことを書いていましたが、
今も読み返してみると、同じことをやはり思います。
3年間で深めていきたいことを書いていましたが、
今も読み返してみると、同じことをやはり思います。

そして昨日の誕生日には
「母と暮らせば」という映画をみてきました。
昨年の戦後70年という年にできた山田洋次監督の映画。
長崎の原爆で一瞬にして命を失った青年とその母の話。
ファンタンジー色で描かれていましたが、優しく悲しいおはなし。
2時間20分、ず~っと涙がとまりませんでした。
人は「生きたい」と思って生きている。
それでも生きられなかった人もたくさんいらっしゃる。
残された愛する人たちも
なぜ自分だけが助かったのだろうと苦悩の一生を
送られた方も
実際、数えきれないほどいらしたことでしょう。
どんな思いで1日、1日を過ごされたのだろう。
様々な感情と感覚と闘いながら必死で過ごされたのだろう。
そんなことを想いながらみているだけで
胸がせつなく、張り裂けそうでした。
人間はそんな大変な試練のなかでも
それでも生きていかなければならないときもある。
亡くなっていかれた方々も
残された人たちの「幸せ」だけを願っている。
だから「この生きている時間」は本当に大切にしなければいけない。
それができるのは唯一、与えられた自分だけ。
生きているだけで・・・というけれど
「生きている」だけがすでに素晴らしいことなのだということ。
映画の帰りは恒例の誕生日お墓参りで
母の墓前に、「産んでくれてありがとう」
「この世でいろんな体験をしてがんばっていますよ」
「いつも見守ってくれてありがとう」と言葉を交わしてきました。