紫陽花といえば、鎌倉が有名ですが
埼玉は熊谷の紫陽花寺といわれる場所に
先日行ってきました。
様々な種類の紫陽花が咲き乱れ、
何より人も少なく(笑)←それが一番いい♪
梅雨とは思えないくらいの太陽サンサンのなか
快適なお天気で、最高な気分でした。
なんといっても「ゆっくり座って!」紫陽花鑑賞が
あちこちで、できるのですもん。
今年は季節ごとに旬な花を見に行きたくて
例年よりも花づくしの年に感じます。
花は待ってくれません。
時期があります。
旬を感じる。感じたい。
だから足を運ぶ。
その自分の「感覚」を大事にしたいと
常に思います。
どんな小さなことでも。
自分の感覚を大切にするということは
自分そのものを大事にするということに
繋がっているから・・・
計算して作られたものではない
自然界の美に、魅了され
幸せな気持ちを自然界を通じて
たくさん、感じさせていただいています
* * *
私たちは自分のことを
どれだけ知っているでしょう。
自分がどんな世界にいて
どんなものを見聞きし、
慣らされているのか。
当たり前とおもっていることに
実はヒントがあります。
そして
自分が違う世界、違うポジションに
ちょっとついてみると
今の立ち位置や大事にしていることが
うっすら見えてきます。
どっぷりそこにいると
わからなかったことが・・・。
ちょっと目線をかえてみると
自分の世界がみえて
どんな世界で生きていくのか、生きたいのか
自分で選べるんだということが
わかっていて、実行している人は
意外と少ないのかもしれません。
こうなっているのは
○○のせいだ。
仕方ない。
人生こんなもんだ。
なにか外や他人がまるで決めたかのように
自分の人生をあきらめているかのように
みていたら、実際そうなるでしょう。
でも
自分の思考が現実を作っていて
(引き寄せていて)
感覚を封印していたら、何も感じない無機質な人生でしょうし
感覚をフルに使って、味わったら、感動的な人生でしょう。
実は自分自身がそれを導き出しているということ。
いちどどこでもない
ニュートラルな世界に自分がはいってみると
360度自分のまわりには
いろんな世界があって
どこに足を踏み込んでいくかが
その都度、選べるんだということが
よくよくわかってくると思います。
それには自分の感度。
磨いて、アンテナ上げておかないと
「感じる」感覚も忘れてしまうのです。
感性は磨かれ、鋭くなっていくものです。
感性が鈍くなっていくのは
自分の人生が惰性になっていることに
つながっていかないでしょうか。
それは寂しい・・・
「生き方」というのは
その人の「感性」がそのまま
映しだされているのでしょうね。
ニュートラルになる時間がもてると
今度は自分はどんな世界で何をしようか
冷静に見られる気がします。
今私がやっている
呼吸法の時間は
そんな「ニュートラルの世界」にいざなう
そんな一瞬なのかもしれません。
その先には
可能性がたくさんある世界が待っています。
