私の声 | 50代の「今を生きる」~Enjoy My Life* 日々の暮らしから~

50代の「今を生きる」~Enjoy My Life* 日々の暮らしから~

自分の身のまわりにある、小さな幸せにも気づけたら
大切に今を生きることにつながる。
いつかの為じゃなくて「今日」を生きる。
心理カウンセラーyukkie♪(ユッキー)が
50代になり、日々の暮らしのなかの小さなHappyをお届けしてます。

こんにちは。

yukkie♪です。




小さなころ

お歌を歌うのがとっても好きでした。




いつも歩きながら鼻歌うたっている子供でした。




小学校の低学年では、習い事として

ピアノと同時に、地域の少年少女合唱団にも

はいっていたことがあり


いつのころからか


 

「あなたの声は低くてこもっていてちょっと聞きづらい」

「なんかきどっている?」



そういう人の意見を「気にするように」なりました。

(悪気があって・・とかではなく、

なんとなく親がいったり、まわりのつぶやきだと思います)



たしかに私の声は抜けるような高いソプラノ声ではなく

どちらかというと、中低音のアルト。



自分にとってはふつうに話したり、歌っているのが

人によっては聞きづらかったり、低い声だな~と感じたり

なんか気取ってしゃべっているようにきこえたのかもしれません。



その後、ピアノを弾くのが大好きで

音大(ピアノ科)に進みましたが、



その過程で、いろんな勉強をするために

高校3年間、声楽を習う期間がありましたが

こわ~いソプラノの先生で(笑)


その先生の迫力にいつもおびえていて

すごく言葉ではいいことをおっしゃってくださっていたと

頭ではわかっていたのですが



実際は「そんなのできない・・・・ガーン」といつも

レッスン後はおじけづいて帰宅していました。



音大に行っても、

声楽科の人は綺麗な声をしているし

それに比べたら

自分の声ってなんて情けないんだろう~と(苦笑)



いわゆる

「欠けているとこに」目がいっていたわけ。

自分がね。




で、音楽の教師として

働き始めると、なんともピアノを弾く場面より

声を出すいわゆる「歌指導」のほうが多くてあせる




しかも朝から一日中、歌っているわけです。


マンモス校に勉めていることがなぜか多く

1000人規模の全校集会になると

(たとえば、全体歌指導とかなると)

声を張り叫んで!!

合唱コンクールシーズンになると

とことんやる性格だったのもあり

ノドを酷使して、声が出なくなることも多々。


もうアルトだから~とか言っている場合じゃなくて

ソプラノのしいては男子パートも

全部歌いまくり、音域はかなり広がりました。


こもっている声なんていってられなくて

マイクなしで、体育館の後ろまで通る声に

鍛えられて、結果なっていました。



そうするうちに、

だんだん喉を傷めないように

声を出す工夫を人間ってするようになるんですね。






私、自分の声ってあまりよくないもの

「好きじゃない・・・・」

ってず~~~~~っと思っていました。


綺麗なソプラノでもないし

はっきりした発声でもないし


でもそれって

自分の自分に対しての

思い込みだったのですね。




もちろんアルトの声はソプラノにはなれません。


でもアルトにはアルトの


自分には自分の良さがある。




今、こうして前でみなさんにコミニュケーションをお伝えする

講師になってから、



「ユッキーの声好きです」とか

「ユッキーの声に癒されます」とか

「ユッキーの声っていいですよね」とか



言っていただくことが多くなり



「え?そう??」




新しい価値観が目の前に提示されて



私も


「そうなのかな~」


見・留めることができて



よくよく考えたら


私はお歌が好きだったし

人とお話しするもの好きだったし


きっと大変だった声楽のレッスンの内容も

先生がよかれと思っておっしゃってくださっていたことも

修業のように朝から歌指導していた時代のことも


すべてつながっていて

全部役にたっている。



全部今に活きている。



私は私の「この声」でいいんだって

思えたら、とってもこの声が好きなり



この声でみなさんと接することができて

幸せだあ~と思う毎日です。



自分自身はかわらないけど

自分の思い込みひとつで

自分を楽に好きになることは

可能なんですね。


今日の素敵な

そのまんまのあなたでいてください。