自分の「反応」は自分を知る手立て | 50代の「今を生きる」~Enjoy My Life* 日々の暮らしから~

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自分の身のまわりにある、小さな幸せにも気づけたら
大切に今を生きることにつながる。
いつかの為じゃなくて「今日」を生きる。
心理カウンセラーyukkie♪(ユッキー)が
50代になり、日々の暮らしのなかの小さなHappyをお届けしてます。

こんにちは。

yukkie♪です。



昨日の日記に共感した~という

メールやコメントをいくつかいただきました。

ありがとうございますドキドキ



自分も同じように思っていたとか

そういう気もちを、「伝える」ってことは

一歩その手前に

まず自分の気持ちを「見留めて」いるからこそ

伝えてくださるのです。


(意識している人と無意識でやれる人がいますが。

どちらでもOKなんです~)



小さなことのようだけど

それはそれは大切なことラブラブ



今はブログやツイッターやFBといった

実際にお会いしなくても

「発信」「受信」するツールがたくさんあるので


まるで逢っているかのような

まるで話しているかのような

まるでその人に触れているような


錯覚」に陥りやすいなあ~とも思います。


ある意味、バーチャルだもんね。

(これらが悪いというのではないですからね。

現に私もこうやってブログ書いているし・笑)


「それが心地よい」という方もいらっしゃるかと思います。


ただ、目にみえる部分はほんの一部。

行動の元にはいろ~んな「気持ち」があります。


そこを知っているか意識しているかで

使うエネルギーが変わってくると思います。


もちろん「情報」としては

いい部分もたくさんあると思います。

なかなか会えない人との接点をもてるという意味では

それも利点ではあると思います。


情報が溢れる・・とよくいいますが

その情報に反応するのもまた人間だから。

それがわかっていれば、(自分のパターン)

むやみに情報をとりにいかなくても大丈夫なんですね。


また発信する側からすると

発信しているものはひとつでも

受け取り方は千差万別

読み手の心理状態によっては

まったく違うものになったりもします。


だから私もそれを承知で発信しています。

○のつもりで発信しても▽で受け取る人もいるし

×で受け取る人もいる。□もいるかな?(笑)


以前はそれをいちいち気にしていて

「そんなつもりじゃなかったのになあ~ガーン」って

落ち込んだときもありました。



でもこれって「コントロールできない領域」なんですね。

私が○って言っているんだから

○で受け取ってよね!というのはエゴなんですね。

同じように感じてくれたら(共感ですね)

うれしいですけどね♪



「コミニュケーション」はこの連続だと思うのです。

実際に逢って話していてもそうです。

ただ、目をみて、空気感を感じて接しているときは

判断情報がネットより多いですから

誤解は生じにくいかもしれません。



だから「ありのままを認める」って

言葉では簡単だけど

自分の心をたいらにして相手をまんま受け止めるって

それはそれは難しいこと。頭で考えちゃうとね。



でも自分の心をまるでじ~っとみるようにしていると

いろ~んなものが気にならなくなるときがきます。

それが自分の心がある意味

ニュートラルになったときなのかなって。


例えて言うならば


湖のほとりで、じ~っと水面をみている(それが自分の心)と

石がぽーんとなげられたとき(外からの刺激)

水面に波の輪ができますよね。(自分の反応)


石が投げられたから、せっかくの静寂が奪われた・・・

と石のせいにするのではなく

それに反応した波(今の自分)をみるのです。


この波が大きい人もいれば小さい人もいる

(大きければ悪い・・とかではないですよ)



でもどんな波でも、そのうち波はなくなり

また元の穏やかな湖にいつかは戻ります(自分軸)



自分の心をみずして、

他は平らにみられません。

憶測満載だったりする(笑)

または投げられた石を攻撃する(苦笑)



外が自分をこらしめているわけではない。

他人が嫌なことをしているわけではない。


それを気にしている自分がいるだけ。

どんな波がたっている?


そこに「自分の答え」があるのではないかと

私は思います。



相手の気持ちを憶測するのには

膨大なエネルギーを使います。

でもそのエネルギーを

自分の「反応」に目をむけてみると


人と比較したり、わさわさすることは

激減するかもしれません。


「反応」にいいも悪いもなく

今の自分をあらわしているからです。


そこから

できるのは自分という湖を

健やかにしておくこと


波がたつのはままあること

いずれは戻る。




それだけです。