いろいろとトンチンカンな命令を出す自称・霊能者。

主に母方の親族と母親が信じ込んでいたわけだが、
とうとう私が決定的にショックを受ける事件が起こった。



小学高学年のころである。

順番に信者は祈祷を受けることになっていた。

いつもなら私ひとりで祈祷部屋に入るところ、
その自称・霊能者の指示でその日だけはなぜか母親も
一緒に来いとのことだった。


母親が後ろで見守る中、自称・霊能者は私のTシャツに手を
入れ、胸をつかんだのである。

「これが乳房か?」

などと言って。


悲鳴をあげたりふりはらったりすればよかった、

と後になれば思うが、祈祷部屋の異様な雰囲気と、
なにより乙女だったので、胸をつかまれたショックのあまり
口をきくことも出来なかったのだ。


その後祈祷が終了して、信者の控え室に戻った母と私。
それまで呆然としていたが、
ようやく自分が何をされたのかがしみてきて、涙が出て来た。

百歩ゆずって自称・霊能者が私の健康を案じて
胸をつかんだのだとしよう。しかし、信じてもいない私から見れば、

うさんくさい嫌いなオッサンがいきなり胸をさわった

としか思えない。事実そうなのだが。

当時、乙女心が傷付いた私は、あんなヤツに胸を
つかまれるなんて、このまま死んでしまいたいとまで思い詰め、
帰宅できる時間が来るまでずっとしゃくりあげていたのだった。



私はずっと泣き通しのまま、母の運転する車に乗せられ
帰途についた。

祖母が

「なぜ泣いているのか、
 先生(自称・霊能者のこと)に挨拶もせず失礼な」

と私を叱った。
祖父母に頭が上がらぬ母も私を無礼な子だと叱った。

ようやく家につき、祖父母が部屋にさがってから、

母に「胸をさわられてショックだった。」

と打ち明けた。
しかし母は、

「ママもいっしょにいたからヘイキでしょ!
 先生はJちゃんのためを思ってしたのよ!」

と私が受けた衝撃を想像できず、どうも私がワガママで
あると思ったようだった。これが信者の恐ろしいところだ。
思考力がにぶっているのか。


この日、私は自分には母はいないと思った。
こんな女はただの狂信者だ。
私の母ではない。
母だとは思えない。

しゃくりあげながら、
「私はあんなやつ信じてない。胸を触られるなんて死にたいっ!!」
と抗議を続け、母はようやく

「そんなに厭だなんて思わなかった。
 そんなJちゃんの気持ちが先生にわからないなんて…」

と、初めて自称・霊能者に懐疑的な言葉を言ってくれたのである。


私はそれで母が目を覚ましてくれる、
もうあんなうさんくさい男と縁を切ってくれるのでは、と期待した。


だが期待は裏切られた。

祖母が先導していたとはいえ、相変わらず母達の
自称・霊能者詣では続いたからだ。

私は母親と祖母にひどく失望した。

そして今まで月に1,2度は必ず連れて行かれた本山詣でを
必死に拒否するようになった。


やつの話はここまでにしたいと思う。



私がなぜ研修医であることを辞めたのか、
それを述べるには親との確執を書かずにすませられず、
確執の端緒となった自称・霊能者なる男のエピソードを幾つか
紹介させていただいた。

子供でもおかしいとわかることが、
信じ込んだ大人にはわからなくなってしまう、
判断力すらも霊能者におまかせでにぶらせてしまう、
という祖母や母に強烈な不信感を抱く原因となったのが
この一連の出来事だった。


私が行かなくなってからも、自称・霊能者は

「あの子は盲腸が悪さをしてるから、

 今のうちに手術して とってしまうといい」


などの発言をかましていたと母から聞かされた。

私の不信を知って、母が手術をゴリ押ししてくることは無かったが。



虫下しも相当に迷惑だったが、これには脱力すらおぼえた。



だいたい、私はあれから20数年を過ぎたが盲腸がどうかなった
ことなんて一度もない。

医者でもない男が特に問題もない他人の臓器を

「悪さをしているからひどくなる前に取れ」

などと示唆する、そんなことがこの文明国にあって、
よいのだろうか。いいわけがない。

信じ込んで病院に行ったどころで、
健康な肉体に治療の意味も無くメスを入れれば、
医者とて傷害罪に相当するので請け負うわけがない。

「霊能者に取れと言われたから手術してほしい」

などという患者が来ても、検査上異常がなければ手術など
けっして行われないだろう。


これらの事件は、
ウソのようだが全て過去にあったことである…。