カタチとしては寿退職なわけだが、できちゃった婚のように
妊娠・出産のようなさしせまった事情もないのに
何故、私は研修医を辞めたのか。
それはやはり自分の適性とか人生における希望とかを照らし
合わせた結果、向いてないしやりたくないし!
で辞めちゃったのですな。
「私辞めるよ」とうちあけたら同僚の人々には驚かれた。
「なんで辞めるの、もったいない!特権階級なのよ!」
とも言われた。
「K大に足で砂をかけて辞める以上、
もう医者としてはどこも雇ってくれないよ?」
とも諭された。
でも自分の中でいろんなことがどうしようもなかったので、
そっと辞表を人事担当の先生に預けて彼氏と手に手を取って
夜逃げしたのであった。
辞める理由の前に、なったわけを話さねばなるまい。
なんで向いてないのに医者になったかって言うと、
サラリーマンの父と専業主婦の母が
自分たちの結婚を親類に反対されてたのを根に持っていて
ですね、私誕生のおり
「にっくき親戚を見返すために、ひとり娘を
医者か弁護士にさせて金持ちになろう!」
という野望を抱いたらしいのです。迷惑な話ですね。
だから生まれたてのころは記憶がないのでわからんですが、
私はものごころ付いた時から、
「勉強がんばって医者か弁護士になぁれ~」
と呪文のように聞かされておったのです。親がガッチリと私の
走るレールを敷いてしまったので、とぼとぼとレールの上を
歩むことになったのであります。なにしろ私が自分の頭で考えた
意見を言おうものなら、
「ママに逆らう気?
ギーーッ(奇声)!」
だの(ものも飛んでくる!)
「子供の分際で生意気な!黙りなさい!」
などと両親にこてんぱんにされる家庭であったので逆らえなかった
のですね。んで、お勉強をがんばる。友人と夏に海、冬にスキーも
行ったことが全くない。お勉強ばっかりする。
食後、家でぼんやりしていると
「食後休みは30分って決まっているでしょ!
なのに、 もう1時間も休んでるわよ!」
と母に叱咤される。ほとんど
家庭内軟禁状態
である。病弱でグレる元気もなかったし、幸い勉強は嫌いでは
なかった。やればやるだけ模試の順位が上がるし
校内でも一目置かれるんで「勉強=よいもの」だと思ってたので。
つうか遊ぶタノシミなぞ知らんかった。
そんな感じで現役時代受験するが、面接のあるところだったので
浮世離れを見抜かれ失敗。予備校通ってなんとか私立K大へ
滑り込んだのであった。(つづく)
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