昨日告知したとおり

 

noteをはじめまして

 

そちらと連動して

 

ブログも書いていくことになります。

 

 

noteを書きはじめてコンセプトが

 

「イメージング瞑想ができるまで」

 

というもので

 

そのためにまずは自己紹介を

 

以前テレビに出演していた頃まで

 

遡って書きはじめてます。

 

 

あらためて

 

自分の原点を見つめ直してる感じです。

 

こういうのも大事だね。

 

 

そんなわけで

 

以下読んでみてください。

 

 

 

僕は縁あって27のとき、

TBSテレビの特番でなんと

“ステージ催眠術師の通訳兼アシスタント”という、

それまで考えたこともなかった

なんとも奇特で不思議な立場に

突然立たされてしまったんです。


そこから一気に人生はあらぬ方へ動いていき

(自分の好むと好まざるとに関係なく)、

その流れが途中で止まることはなく

現在の自分に至っています・・・

と、こんな経歴の僕なので

自己紹介とひとことで言ってもなかなか難しい。

 

一言でどう自分を表現したら誤解なく伝わるだろうか

なんて考えると、いつも困ってしまうんです。

 

画像
 

 

僕はその“ステージ催眠術師の通訳兼アシスタント”を務め、その特番は高視聴率のまま第8弾まで3年間も続き、おかげで街中でいろいろな人に声をかけられるほど有名にもなりました。

 

その後もしばらくというか、いま現在でもそのときの影響を背負って、いや、引きずって、人生を築いてきているという感じなのです。

 

とは言っても僕はいま現在、催眠術師ではないし、通訳でもないし、ステージのアシスタントでもなく、僕にはいろいろな仕事の顔があります。


気づけば本を30冊くらい出版していたり、8000人の前でステージに立っていたり、大企業のコンサルティングや著名人のカウンセリングをしたりしています。


でも、そうしたそれぞれの活動もすべて、あの“ステージ催眠術師の通訳兼アシスタント”だった自分から派生している部分がたぶんにあるのだと、最近強く認識します。

いまの僕が一番なにを活動の中心にしているかを、自己紹介として是非とも伝えたいのだけど、そうなるとやはりあの “ステージ催眠術師の通訳兼アシスタント”から自己紹介をスタートさせたほうが良さそうです。

せっかくこのページを覗きにきてくれたあなたを、なんとか大切に繋ぎ止めたいと思ってますので、もう少しお付き合いください。

きっと退屈はしない話だと思うので・・・。

 

僕が“ステージ催眠術師の通訳兼アシスタント”を務めた

テレビの特番は、

「史上最強の催眠術師マーティン・st・ジェームス」という1時間半のTBS特番でした。


オーストラリアの有名なステージ催眠術師マーティンを日本に招いて、日本の芸能タレントたちに催眠術をかけるというエンターテイメントの企画として番組は制作されました。

しかしそこにはもうひとつのテーマもあったんです。

果たして催眠術は、通訳を介してもかかるのだろうか? 

というもの。


そして、その通訳になぜか僕が選ばれてしまったんです。

念の為にというか、是非とも伝えておきたいのだけど、正直僕は催眠術なんてまるっきり信じていませんでした。
それまでも催眠術なんてものにはまるで縁がなく、インチキで怪しいものという認識しかなかったです。
僕はオカルト的なものや、スピリチュアルなもの、占いでさえ、まるで信じていなかったし、そもそも受けつけないタイプだったんです。

もしも催眠術の通訳を選ぶためのオーディションだと知っていたら、そもそも行かなかったはずです。

そうとは知らない僕は、英語を話す格好いい重要な役を必要とするドラマのオーディションだと勝手に思い込んで、意気揚々とオーディション会場に向かったのを覚えています。

 

会場に入って、マーティンのステージ催眠ショウのビデオを見せられたときでさえ、(サスペンスドラマで催眠術がそのトリックとして使われるのだな)と勝手に深読みしてワクワクしていたくらいでした。

 

ところがプロデューサーの説明する段になって「この催眠術師の通訳を選ぶのだ」と聞かされて初めて僕は、自分がとんでもなく場違いなところに来ていることに気づきました。
僕はすぐに手を挙げて、辞退を申し出ました。

それくらい、催眠術になんて関わるのはごめんだと思ったんです。
それでも「せっかく来たんだから、最後まで受けてほしい。順番を一番に回すから」と説得されました。

話は前後しますが、

その頃の僕は俳優として青年座という劇団に所属していたので、ここでゴネたりすると、大手テレビ局であるTBSに今後出づらくなってしまうかもしれない・・・なんていっちょまえのことを考えて、渋々というか、どちらかというと落ちたいオーディションなんてそうそうないので、気楽に、面白がって、大胆に催眠術の通訳というのを演じてみせたのでした。

 

そして、それがまずかったのです。

2週間ほどして劇団事務所から

「パスポートの準備をしておいてください」

と連絡が来ました。

催眠術師の通訳のオーディションなんてすっかり忘れていた僕の頭の中に「?」がたくさん瞬きました。

「来週、オーストラリアに飛んで催眠術師に会ってもらいます」

僕の中で、何かがガラガラガラと音を立てました。
あれは何かが崩れた音だったのか。
それとも、何か歯車のシフトがチェンジした音だったのか。

 

人生って不思議です。
それまでの人生もそれなりにいくつかの転機を経験し、そのたびにいろいろな変化をしてきたつもりです。
俳優になっていたこともそうだし、その俳優のキャリアをスタートしたのはアメリカだったし、そもそも僕は1ヶ月の予定で旅行に行ったアメリカにそのまま6年も住んでしまったし。

僕は自分のルーレットを回すたびに、驚くような目ばかりを出してしまって、その都度人生を大きく変えてきました。

それが僕の人生であり、どこかでそんな自分を面白がっていたところもあったけど、ここに来て思いもよらない“催眠術師の通訳”!? このまさかの展開には、さすがに自分でもちょっとついていけない感がありました。

 

催眠術なんて世の中に存在する物で、自分の大嫌いなワースト5に入るくらい怪しすぎるものなのに、僕はその中心に自分の役を与えられてしまったんです。
当然、戸惑いました。


マーティンが地元オーストラリアで行っていたステージ催眠ショウを実際に観たときも、正直催眠術に対する疑いの気持ちは消えなかったです。目の前でお客さんが催眠術にかかってどんどん変わっていく。本当に驚きの連続でした。

しかし、いくつかのステージを連日のように見学しているうちに、持ち前の好奇心が少しずつ大きくなり、それに抗って催眠術を否定し続けることに疲れてきたというか、飽きてきてしまいました。

もしそれを、一般の人たちと同じようにテレビでただ観ていたなら、僕はすぐにチャンネルを変えてしまうか、バカやってるなぁと腹を抱えて笑い、バラエティ番組を楽しく観て過ごした、というある日のテレビ鑑賞のひとつとして終わっていたはずです。
「ああ、催眠術ね、僕も観たよ。あれヤラセでしょ? よくやるよねぇ」なんて気楽に否定して終わっていただけの話です。

でも、僕は、テレビのこちら側から観たのではなく、テレビの内側で、あのマーティンの横に立って彼の強いオーストラリア訛りの英語を通訳しながら、催眠術の不思議を目の当たりに体験していたのです。

 

・・・・

 

続きます

 

 

若いときからいろいろあったんだねー

 

 

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