本日もブログに訪問していただきありがとうございます。
このブログを読んで戴いた方々に、感謝のエネルギーを贈ります。
本や雑誌に始まり、事件・事故の真相などにおいて
私達人間は、
平凡な(つまらない)真実よりも面白いフィクションを求めたがっています。
それは先が読めるようなモノよりも、
先が読めないモノを欲しているのと一緒です。
また平凡・簡潔なものよりも、
複雑怪奇なものをより好むのと同じです。
だけど、
自分の人生には面白いフィクションを求めているようには見えないんですよね。
アレコレ願ったり叶えようとしているのですが、
実際に面白いフィクションのようなことが身に起こると、
途端に「こんなはずじゃない」・「こんなことは望んでいない」
そうやって目の前を否定しています。
小説や漫画、TV・映画で見るのならいいけど、
自分の身に実際にそれが起こるのはイヤ。
だけど、ドラマのような展開が待っていて欲しい。
なかなかワガママな想いです 笑
そう想っている自分を認めれば(受け入れられれば)いいのですが、
意外と気づかない人も多いのです。
自分が真逆なことを求めていることに。
劇的なドラマのような展開が起きて欲しい
だけど
実際に起きたら戸惑って足を踏み出せない
こう想っている自分に気づくこと。
これは別に恥ずかしいことでも、何か劣っているというようなことでもありません。
「そんなことを想っていたんだな~、実際」
こうやって自分を認めたらいいだけの話。
「私ったら恥ずかしい」
「何を馬鹿な事してたんだろう」
そうやって自分を卑下することはありませんから。
誰でもそうなんですよ。
自分では「ドラマや映画のような人生・日常を送りたいな~」と想いつつも
実際に起きたら「そんなのシンドイわ・・・」と想う。
自分の「今の生活」に起こる範囲内で劇的なことが起こって欲しい。
こう願っているのと一緒です。
そこの型・枠をいったん取っ払っていきましょう。
何も制限をかける必要は無いのですから。
「私にはどんな劇的なことが起こっても良い!!」
そう願ったとして
次にアタマの中に浮かんでくるシチュエーションは何でしょう?
ポジティブな事?
ネガティブな事?
何が浮かんでくるのか見てみましょう。
自分にとって「良い事」が起こるだろう!と浮かぶのか
自分にとって「悪い事」が起こるだろう・・・と浮かぶのか
それが、自分にとっての「劇的」なことです。
自分ではドラマや映画を思い浮かべては「劇的」を願っているかもしれませんが、
その「例え(ドラマや映画)」が無くなった時に浮かぶ「モノ」が
自分が心の中で想っている「劇的」ですから。
わたしにはどんな劇的なことが起こってもいい!
こう願って自分の中に映る情景はどんなモノでしょうか。
よ~く観てみてくださいね。
それでは皆様にも引き寄せのご縁を
毎日あらゆる面でますます良くなっている
案外「平凡」を心のどこかで求めているんだな