東京タワーのお膝元で~芝・三田界隈巡り② | 嫌いだった私と仲直り。マイグレートメンターと養陽ハッピーリズムで、未来の味方になるブログ

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はじめまして。がんばり屋さんが、ふっと力を抜いて
「私、思ってたよりいい人生かも?」と気づく場所。
本田晃一さん監修マイグレートメンターを軸に、
心と身体をやさしく整えながら、
嫌いだった私が未来の味方に変わる日常を綴っています。

 
 
 
ここ芝公園エリアは
父方の実家があった場所
 
私の祖父母、ご先祖さまがいた
思い出深い特別な場所でもあります
 
 
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三田通りを進み
”春日神社さま”へ
 
 
 
こちらもちょうど桜が咲いていました
 
 
 
 
そして
こちら1960年代のアンティークな色の写真
 
春日神社さまへは
 
 
遡ること50数年前に
お宮参りのご縁があります
 
 
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こちらはその時の

 

 

 

 

神主様にご祈祷していただいている

父と母

 

 

そして叔母が私を抱いて

くれています

 

 
 
 
 
この急な階段
覚えている
 
 
休日には
祖母の住んでいた家に
よく遊びに行き
 
お祭りがあれば
春日神社さままで
お参りに行っていたんです
 

 

 

 
 
オレンジ色の慶応大学の校舎のお隣り
 
 

花守がなんだかかわいくって

 

 

 

 

 

その後は

そのまま札の辻まで

つらつらと歩きました

 

 

昔はこの角に「東京羊羹」

のお店があったような…

なんて思い出しながら

 

 

 

ちょっと距離が離れているけど

懐かしい作りの

 

 

「甘味処かすが」もあったなぁ

(甘いものばかりの思いで笑)

 

 

 

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ちょっと戻って

一歩中通り

 

芝方面へ

 

父の実家があった場所の跡を

めぐる

 

 

父の実家は

八百屋さんをしていました

 

 

 

耳の聞こえない父は

 

当時は自動車免許も

持つことが出来ない世の中

 

 

当時はそういう時代でした

 

 

ましてや市場への仕入れなども

出来ないので

 

 

長男であっても家業を継ぐことは

出来なかったのです

 

 

父は渋谷区代官山にあった

籐製品を扱う工房の

籐家具(ラタン)の職人でした

 

 

実家の八百屋は父の弟夫婦が継いでいました

 

 

東京に空襲があった際には

「家財道具一式を引き車に乗せて

芝公園まで非難した」と

 

 

父から聞いたことがありました

 

 

しかし非難で持ち出した引き車の方が

空襲で燃えてしまい

 

でも不幸中の幸いだったのでしょう

 

 

家は無事だったので

 

祖父母は

家業を続けられたそうです

 

 

家財道具には父の

子どもの頃の写真などもあり

全部燃えてしまったそうですが

 

 

父が無事でいてくれたおかげで

わたしが今

存在しています

 

 

 

長くなるので続きます

 

 

今日もありがとう!