【最強の真言】第1回(全6回・特別連載シリーズ)
なぜ人は「最強の真言」を求めるのか
#あなただけの最強の真言を求めて
人生には、「どうしても無理だ。やはり乗り越えられない」。そう思える瞬間があります。
昨日までの日常が音を立てて崩れ去り、世界が色を失ってしまうような出来事。
大切な人との別れ。
突然の宣告。
積み上げてきた仕事の失敗。
出口の見えない孤独。
そんなとき、人は祈ります。 神仏に手を合わせる人もいれば、空の向こうの亡き人に語りかける人もいるでしょう。
あるいは、打ちひしがれている自分自身に向かって、「大丈夫」「きっと乗り越えられる」と、呪文のように言葉を繰り返す人もいるはずです。
私は長年、真言密教の僧侶として多くの方々とご縁をいただいてきました。
その中で一つ気づいたことがあります。
それは、人は苦しみの中にいるときほど、「特別な言葉」を求めるということです。
もし、たった一つの言葉で人生が変わるなら。 たった一つの真言(マントラ)で、この底知れぬ絶望の淵から救われるなら。 誰もがその言葉を渇望するでしょう。
実際、インターネットには、「最強の真言」 「一瞬で願いが叶う真言」 「運気が爆上がりする真言」といった情報があふれています。
しかし、真言密教の修行僧として、数多の苦しみと対峙してきたからこそ、確信を持って申し上げたいことがあります。 本当に大切なのは、『どの真言が最強か』ではありません。
『その真言と、あなたがどのように出会うか』なのです。
真言とは、単なる呪文ではありません。
それは、仏の智慧と慈悲が凝縮された「いのちの響き」です。
そしてその響きは、一人ひとりの魂の状態によって、全く異なる届き方をします。 ある人は観音さまの慈悲に包まれて涙し、ある人は不動明王の力強い真言によって、再び立ち上がる勇気を得る。
つまり、本当の意味での「最強の真言」とは、 誰かにとっての最強ではなく、「今のあなた」の魂に深く、共鳴し響く言葉のことなのです。
私自身、これまでの人生で何度も絶望の淵に立ちました。 生死の境をさまよった凄惨な交通事故。 ニューヨークで遭遇した、アメリカ同時多発テロ事件。
そして、かけがえのない親友との永遠の別れ。そのたびに、ただひたすらに問い続けました。
「人はなぜ、これほどまでに苦しまねばならないのか」「祈りは、本当に届いているのか」
その答えを求める旅は、やがてチベットへ、ネパールへ、インドへ、そして聖地・高野山や四国巡礼へと続いていきました。
それは、仏道を求めて旅をした少年・善財童子(ぜんざいどうじ)の歩みにも似た、終わりなき求道の旅でした。
数え切れない出会いと、幾多の惜別。そのすべてを背負って歩んできました。
そのすべてが、私を「今日この場所」へと導いてくれました。
次回からは、私が死の淵で、あるいはテロの混乱の中で、どのようにして真言と出会い、救いを見出したのか。
その壮絶な記憶の断片を交えてお話しします。
この連載は、「世界が壊れたあとで」の続編として全6回にわたり、密教の教えと私自身の経験を織り交ぜながら、
『あなただけの最強の真言』 と出会うための旅をご一緒したいと思います。
善財童子が五十三人の善知識を訪ね歩いたように、 一歩ずつ。ゆっくりと。丁寧に。
読者のみなさんと共に歩むように、一文字ずつ、心を込めて綴ってまいります。
私と共に歩むようにして、読み進めていただければ幸いです。
プロフィール
雨宮光啓(あめみや こうけい)/ 天宮光啓(KOKEI AMAMIYA)
高野山真言宗 僧侶(阿闍梨)。高野山大師教会光寿支部 支部長。 総本山金剛峯寺 阿字観指導員(能化心得)。 高野山大学大学院密教学科修士課程修了(密教学修士)。近畿大学法学部卒業(法学士)。2024年、仁和寺にて悉曇灌頂を授かり、澄禅流悉曇を継承。 著書:『空海散歩』(筑摩書房、第6〜10巻・共著)。 自身の経験(9.11の被災、親友の自死)を機に出家。10代の頃に交通事故で生死の境をさまよう。そのことがきっかけとなりタントラ、ヨーガ、瞑想に興味を持つ。2014年(四国霊場開創1200年)に、亡母追福菩提を祈り歩き遍路をおこなう。チベットで「天」、高野山で「光」の一字を授かる。初心(菩提心)を忘れないために「天宮光啓」の名で活動。



