おおもりかおり物語⑼二度目の結婚生活「したくてもできない問題」 | 夫婦の悩み解消します@夫婦円満カウンセラー大森香織

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夫婦関係が改善・向上するためのパートナーシップについて
3度目で超ハッピーな結婚生活を手に入れた元こじらせ女の私が語ります

クリスマスが終わり
あっという間に
お正月に突入しましたね。

この記事を書き始めたのは
クリスマス直後だったのに
お正月があっという間にきてしまったびっくり
そして終わろうとしている💦



昨年末の札幌は、雪がとても少なく
クリスマスもほぼ、雪なし。


なんだか東京で暮らしていた頃の、
かわいたクリスマスを思い出しました。
(かわいたってなんだ?って感じですけど
東京の皆さんごめんなさいww)



今日は、そんな東京で暮らしていた頃の
2度目の結婚生活について
書きたいと思います。


初めてわたしのブログを読んでくださる方は



*******

2度目の結婚は
28歳のときでした。
ブランディング会社で働いている頃です。


元旦那さんはその会社で働く
先輩でした。



当時、仕事がハードなわりには給料が安くて、
質素な暮らしをしていた私に、
彼はよくご飯をごちそうしてくれたり、
食材を買ってくれたりしました。



精神的、経済的なキツさを
助けてくれたのが彼でした。


彼の存在に助けられてはいたものの、
話が合わないことと
彼が会社を辞めて、
しばらく就職しなかったことを理由に
一度別れたことがあります。
(初めの旦那さんが働かないオトコだったので、
トラウマだった)


しかし数ヶ月後に、再就職した彼の
猛アプローチにより復縁して、
結婚に至りました。




結婚後も彼は優しく、
私を大切にしてくれて
「なんてステキな理想の夫婦❤️」と
周りも私たち自身も、思っていました。




でも私には、
一点大きな不満がありました。


















結婚当初からのセックスレス


私が拒否される方。


2008年に結婚して、
2015年に離婚するまでの約7年間。








一度もしなかったわけではなく
一年に一度くらいの頻度では
していたと思います。

(いま思えば、どうやってその一年に一度の
きっかけが訪れていたんだろう?
と不思議です真顔)




セックスレスになったのは、
結婚前に同棲を始めた頃からです。


新婚旅行の時に
「さすがにハネムーンでは
エッチするだろうな照れ
期待し続け、結局
旅行中にすることは一度もなくて
とても悲しい思いをしました。



でも当時の私は、このことを問題として
扱うことが、できませんでした。
問題にしてしまったら、夫婦関係が壊れる。
一度結婚に失敗しているから、
もう失敗したくないって
無意識で思っていたんだろうと思います。


だから
心の底の不満を見て見ぬフリをして
「夫婦生活はうまくいっている」
いうことにしていました。



それでもはじめは、
なんだかんだと努力していました。

・彼好みの可愛い下着を身につける
・可愛いパジャマを着て寝る
・彼の前を、裸でウロつかない

などなど。

でも、全く効果なしチーン


彼が可愛いパジャマに
襲いかかってくることはなかったし、
可愛い下着に反応することは
ありませんでした。




私は女性としての自信を
どんどん無くしていきました。

私に魅力がないから、
彼はもう反応してくれないんだ。
興奮してくれないんだ。



女性として終わった。。。



そう思うようになりました。



生々しいですが、
一年に一度訪れるセックスの時のこと。


彼がわたしの上に乗っている時、
頭の上で、何かしていたんです。

『何をしているんだろう?』

と頭の上を見てみたら、
なんと彼はスマホで
エロ動画を見ていました。


『エロ動画を観ないと興奮できないんだ。
私の身体では、彼はもうイケナイんだ』



と、すごく悲しくなりました。


振り返っているいまでも
胸が苦しくなりますが、
当時のわたしは
傷つくのが怖すぎて、
その悲しみにフタをしました。


何事もなかったかのように
ココロの処理をしました。



『夫婦生活は上手くいっている、
大丈夫だ』


と。





わたしは子どもが欲しかったので、
その点でもセックスレスは、
大きな問題でした。


「なんでセックスしてくれないの⁉️」
とは聴けなかったので、


「私は子どもが欲しいのに、
こんなんじゃ子どもができない!」
と、言って定期的に彼と話し合いをしました。





ケンカの度に、
彼は正当な理由を言ってきました。

1度目は、2010年。
「かおりがこんなにハードに
仕事をしていたら子どもなんて
作れないよね?」



私は自分の心身がピークにきていたのもあったし、
仕事を辞めたら彼と子どもがつくれると思って
仕事を辞めました。


それでも
セックスすることはありませんでした。



2度目は退職後、
卵巣嚢腫が大きくなってきていて
経過を観察していた頃でした。

その時の理由は


「かおりがそんな身体だと、
傷つけてしまいそうで怖いんだよね」
というもの。


その言葉で、私は手術をすることを決意。



卵巣は残して、嚢胞だけを切り取る手術。
詰まり気味だった卵管も、ついでに
水を通してキレイにしてもらいました。


でも、
術後セックスの機会はありませんでした。



3度目は、2011年。
その時は彼が転職した時期でもあり
「自分が転職した直後で、
まだ落ち着かないから、
子どもは考えられない」
というものでした。




4度目は、2012年。
(書いてて気づきましたけど一年毎にケンカしてますね)

健康診断で「子宮部分に要検査」
必要が出て、検査の結果、

「子宮頸部に
ヒトパピローマウイルス(HPV)が感染していて
ステージが進行している」


という診断がくだされたこと。


癌ではないものの、
ガンになるステージが進行している。
という診断に、
私はもちろんのこと、彼もビビっていました。

さすがに私も、コレでは
子どもを授かることはできないと
思っていました。




今はすっかりHPV感染はなくなりましたが、
1年半ほど経過観察をしていたあの頃は
「いつガンになってしまうんだろう」と
不安で不安で、精神的に相当キツかったです。



同時に、もう一つの罪悪感が
私の精神的な苦しみを生んでいました。



その苦しみが、私を責め続けていました。




それも、今のわたしの人生を
作り上げる大きな要素になっていて
しっかり書きあげたい部分なので、
次回に書きたいと思います。



いつもこの長いブログを読んでくださって、ありがとうございます。

今年も、亀の速度ではありますが、
ゆるりゆるりと書いていきますので、
お付き合いのほど、よろしくお願いしますニコニコ