前回のブログ


とてもお目触りな方も

おられたかもしれません。


でも

私もそれなりの覚悟を持って

これからの自分のために書いてみました。



うちの母の子育てに

そのような方があった


というただの事実で



50才になった自分が

まだその影響を引きずるのか


というところは

自分の問題なんです。

私自身の。



いっぱい擦り傷作って

痛いよ、痛いよ、

見てみて!私怪我してるの〜


っていい大人になってからも

言うだけ言って

それを回復するための手立てを

何もとろうとしない、って


その人の問題。


それと同じなんですチーン





私が


何かおかしいぞ。。。滝汗



と気づいたのは


第1子の長女が4歳頃ニコニコ


その頃

経済的にも大変な時で

夫ともギスギスピリピリ


保育園でのフルタイムの慢性的な疲れを

抱えながらの生活でしたチーン





当時、娘との関係がとても

悪かったんです。





娘は

保育園では手のかからない

いい子


でも、お迎えの私の車に乗った途端

不機嫌爆発爆弾メラメラドンッ


イヤイヤ期もあまりなかった娘の

遅く来た自我の大爆発のような感じでした。


繊細で敏感、後に不登校になる娘は

過剰適応で

いい子にしているストレスも

あったと思いますが


今思うと

私との愛着形成が成り立っておらず

私に対していつも何かを

訴えていたんだと思います。



私は

娘に向けている自分の眼差しがどんなものか

自分に目を向ける余裕なんて

まるで無く


もちろん

家の外での娘の辛さを察することも

全くできず



帰宅後に不機嫌な娘を

毎日毎日ムキー

泣くまで怒鳴りつける

たまには突き飛ばし


それはそれは

ひどい対応をしていました。





その時いつも思っていました。


私は

親から怒鳴られた事も

手を挙げられた事も


なんなら

キツく叱られたことすらないのに


どうして私は我が子に対して

こんな態度をとってしまうんだろう




それから


カウンセリングを受けるなかで


自分の子育てに

自分と母との関係が

深く影響していることを知り



さらにその数年後


娘、息子が不登校になってから

さらに自分が


親の価値観の中だけで生きていたこと


日常生活の中で

母の声が降って来ない人がいる事チーン

(ここ、笑うとこです)



などに

気づいていくのでした。