―――ある日。
トラ住職不在。
本堂。
メルタン住職
👉お茶ズズ……
「今日は私が説法担当です」
ジャンジャン和尚
👉正座。
「ついに拙僧も悟りの時でありますな!」
ジジツー和尚
👉しっぽ追跡。
クルクルクル。
メルタン住職
👉うなずく。
「本日のテーマは――」
『平常心是道』
ジャンジャン和尚
👉メモ。
「びょうじょうしんこれどう!」
👉挙手。
「つまり毎日団子を食べることでありますな!」
メルタン住職
「違います」
即答。
メルタン住職
👉説明。
「平常心とは、飾らない自然な心です」
「無理に立派になろうとせず、ありのままを受け入れること」
ジャンジャン和尚
👉感動。
「なるほど!」
👉胸を張る。
「では拙僧は今のままで完璧でありますな!」
メルタン住職
「その結論は早いです」
ジジツー和尚
👉葉っぱ発見。
👉突撃。
ドテッ。
メルタン住職
👉指差す。
「例えばあれです」
ジャンジャン和尚
👉感動。
「おお!」
メルタン住職
「ジジツーは葉っぱを見た」
「だから追いかけた」
「誰かに褒められようとしていません」
「ただ葉っぱが気になっただけです」
ジャンジャン和尚
👉真剣。
「なるほど……」
ジジツー和尚
👉葉っぱ食べる。
モグ。
メルタン住職
「そして失敗しても気にしていません」
ジジツー和尚
👉転ぶ。
ゴロン。
👉そのまま寝る。
😴💤
ジャンジャン和尚
👉感動。
✨✨✨
「深い!!」
メルタン住職
「平常心是道とは」
「特別な何かになることではなく――」
「食べる時は食べる」
「寝る時は寝る」
「遊ぶ時は遊ぶ」
「それを自然に行うことです」
ジャンジャン和尚
👉うなずく。
「つまり――」
👉団子を取り出す。
「食べる時は食べる!!」
メルタン住職
「嫌な予感しかしませんね」
30秒後。
団子5本。
ジャンジャン和尚
👉満足。
「拙僧、平常心を極めたであります」
メルタン住職
「違います」
さらに30秒後。
団子9本。
ジャンジャン和尚
👉遠い目。
「悟りが見えてきたであります……」
メルタン住職
「満腹です」
夕方。
トラ住職帰還。
トラ住職
👉木魚。
コーン……
「説法はどうだった」
メルタン住職
👉お茶ズズ……
「平常心を教えました」
トラ住職
👉うなずく。
「どうなった」
ジャンジャン和尚
👉縁側。
😴💤
団子の串9本。
ジジツー和尚
👉ジャンジャンの腹の上。
😴💤
トラ住職
👉遠い目。
「なるほど」
コーン……
「確かに平常ではある」
メルタン住職
👉うなずく。
「ニャン寺は今日も通常運転です」
完
「平常心是道(びょうじょうしんこれどう)」は、禅の教えの中でも特に「日々の営み」を大切にする、非常に温かく深みのある言葉です。
この言葉の核心にあるのは、「悟りという特別な状態は、どこか遠い場所にあるのではなく、今この瞬間、ありのままの心で生きる自分の中にある」という視点です。
「平常心」の真の意味:飾らない、そのままの心
私たちはつい、「良い自分を見せなければ」「もっと成長しなければ」「特別な成果を出さなければ」と、自分を飾り立てたり、無理をして高い目標を設定したりしがちです。
禅における「平常心」は、そうした「こうありたい」という欲求や、反対に「こうなっては困る」という不安に振り回されない、「素のままの心」を指します。
例えば、ジジツー和尚やジャンジャン和尚たちが、ただ日向ぼっこをしてあくびをする。その姿には「何者かになろう」という作為はありません。その「作為のない姿」こそが、禅が理想とする平常心です。
「道」としての日常:特別なことは何もない
「平常心是道」の「道」は、生きる道筋、真理を指します。
「平常心」を「いつも冷静で感情が動かない状態」と勘違いすることがありますが、そうではありません。
悲しいときは悲しみ、嬉しいときは喜び、お腹がすけば食事をする。その喜怒哀楽を否定せず、自然体で流れるように生きることが、道(生きる上での正解)であると説いています。
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