こんばんは🤗
今回は下松市の降松神社近くにある妙見社を参拝し妄想した事を書いていきますねヽ(=´▽`=)ノ✨
これはリハビリウォーキング中に県道63号線を歩いている時に御大師様をみつけたところから始まりました
早速参拝(ー人ー)ナムナム
石燈籠が1個だけポツンと寂しげにありますね(´-`).。oO
火袋の下、受の部分に妙見社とあります((o(´∀`)o))ワクワク

正面には武運長久の文字🤔

竿の部分に奉納時期がありましたよ(≧∇≦)b✨

指で触り更に横からライトをあてて影でその文字を読み取ると

慶應三の文字が浮かびあがりましたよ(≧∇≦)ノ
慶應三は慶應三年(1867年)です。
この石燈籠は江戸時代が終わる二年近く前に奉納された事がわかりましたヽ(=´▽`=)ノ
そういえばこの辺りに妙見社があるとブロ友のふじさん💞がブログに書いていました((o(´∀`)o))ワクワク
そこで降松神社方面に進むとちょっと怪しい階段をみつけました(´-`).。oO

かなり登るような階段ですね~💦💦

階段はあまり好きでは無いのですが、この時は知りたい欲望に負けてしまいました😅
でも!
負けて良かったヽ(=´▽`=)ノ
石燈籠が見えましたよ((o(´∀`)o))ワクワク

こちらも石燈籠の竿部に武運長久の文字が彫られています(≧∇≦)b✨

新しく造られた受には妙見社の文字(*´∀`*)

しかも奉納時期は慶應三年と先ほどの石燈籠と全く同じ時期ですね~(≧∇≦)b✨

文字の彫り方が異なるので先ほどの石燈籠の対では無いのはわかります(≧∇≦)b
慶應三年といえば大政奉還の年、前年には第二次長州征伐がありました
そんな年に奉納された石燈籠です(人´∀`).☆.。.:*・゚
おっと!
参拝ですよ(ー人ー)パンパン✨

何故ここに妙見社があるのか妄想してみました(´-`).。oO
現在降松神社の若宮がある場所は元々妙見社があった場所ですヽ(=´▽`=)ノ
それを明治十二年に現在の妙見社鷲頭寺に遷宮されました。
これには多くの氏子さん達が反対し、遷宮される時に多くの石造物を切戸川に投げ捨てた事が記録として残っています。
さて、ここからが私の妄想です((o(´∀`)o))ワクワク
妙見信仰の信者の方々が遷宮以降もおられ、離れた場所にある妙見社鷲頭寺には行かずここに祠を建て信仰したのではないか?
だから川底にあった石燈籠を引き揚げこの地と近くの大師堂前に置いたのではないかと妄想しましたヽ(=´▽`=)ノ💞💞💞
(妙見社が遷宮する前に奉納された石燈籠が残されているのでそのように妄想しました)
この石祠には残念ながら建立時期はありませんでした(ヾノ・∀・`)ナイナイ

でもこの辺りで昭和まで行われていた亥の子石が四つも奉納されていましたよ(*´∀`*)ノ


