お疲れ様です。
(株)コバプロデュース認定カウンセラー
ロッシーです。
今日は関東 天気良かったですね!!
なので娘と公園に行きました。
遊具で遊ぶのより
娘は鴨と鯉に餌をあげるのが好きらしく
100円で餌を買い
ポイポイしますw
1袋に約40粒の餌玉
ロッシーにもやらせてくれとお願いしたが
貰えず、、、、
途中からは貰えましたが
餌をあげているとアルアルなのだが
餌を上手く食べれない動物がいるよね
他の鴨は素早くパクッといけるけど
ちょっと反応が遅いのか
餌を食べれない鴨が目に入ってくる
何となく餌をあげていると解ってくる。
そうすると、
どうしても
その鴨(動くのが遅い)にあげたくなるのですw
何とか、食べさせてあげたいと
思ってしまうのです。
ついつい公平性という名の正義が
出てきてしまうのか?
食べ過ぎやろがっ!!って思ってしまうw
食べれなくて遅い鴨が可哀想やろがい!!と
思ってしまう。
けど、
それは勘違いかもしれないないなと
ふと思うのです。
周りには餌をあげてる人が鴨よりいるw
という事は、
もしかしたら動きが遅いのは
餌を沢山貰いすぎて、
動けなくなっているのかもしれないし
俺(遅い鴨)は沢山食べたから
オマイラ食べていいよと
寛容スタイル鴨だったのかもしれませんw
結局何が言いたいのかというと
ホントの事は解らないということですw
なんやそれって思いましたか?
けど、そんな事はよくありますよね。
あの人大変そうに見えたけど
実はそうでもないとか
あの人が可哀想に見えてしまうけど
ホントは楽しくやってる
聞かないと解らない事を
勝手に自分が推測して判断する
これって全く一緒ですよね
自分の思い過ごしかもしれないと
立ち止まり思う視点が
また新たな視点の余白を産むのかなと
思います。





