前回の記事。

自分では、「シメシメ、うまくいったわい」と、内心ほくそ笑んでいましたが、

ちょっと困ったことも...。

 

それは、子ども3人の年齢が離れていた我が家は、子育てが長期間だったので、私の身にそのやり方が染みつき過ぎてしまったこと。

 

何が言いたいかというと、子育てが終わった後、自分の「欲しい」「やりたい」「好き」が全くわからなくなってしまったのです。

自分のためより家族のためを優先してしまった専業主婦あるある。

 

特に社会とあまりうまく折り合いをつけられない私は、企業に働くことがいかに自分に合っていないかが派遣やパートの経験でわかりました。

ですから、自分で仕事をしていこうと決めた時、「何をやりたいのか」全くわからないことは致命傷。

 

都の方針で「若者・女性・シニア」の起業の後押しがあり、大勢の女性が起業を試んだ時期です。

 

よく「好きなことを仕事にすると夢中でやるからうまくいく」とか「努力は好きにかなわない」と言いますが、

「自分が好きなことが、自分でわからない」状態。

 

生活を頑張り過ぎてしまったようです。

左脳を使いすぎ、右脳を無視しすぎた結果です。

 

気まぐれ、アバウト、飽きっぽい性格とはうまく折り合いをつけてきたつもりでしたが、「ここ」で躓くとは...。

 

40代は、子育て終了に備えて、資格を取ったり、勉強したりしてきたのに

50代で失速。

 

リウマチになり、空の巣症候群になり..身体も心も全く動けませんでした。更年期だったんですかね?

空白の50代だったと、今振り返って思います。

 

 

おかげさまで、リウマチの方はあれこれ試した結果、今は左中指一本が腫れているくらいで、生活に支障はなくなりました。

 

空の巣症候群から立ち直れたきっかけは、「整理」でした。

 

長男が22歳で家を出て、娘二人がほぼ同時に家を出て、空っぽになったベッドや誰もいない家に一人でぽつんといて、

出て来るのは涙ばかり。

 

夫は仕事で朝からでかけ、出張も多く、本当に家で独りぼっちでした。

仕事をしようにも身体が利かない。

八方塞がりの気分。何もやる気にならないし、何をしたいとも思わない。

時間はあるけど、ただ、ぼ~っとしている状態。

誰とも話さない毎日。

 

このままじゃまずい!...と、気づいた私は、実家へGO。

実家の高齢の両親のパトロールを定期的に始めました。

いえ、大層なことをするわけではなく、親とコーヒーを飲みながら話すだけですけど。

 

ちょくちょく実家に顔を出すようになると、いろいろ気づくようになりました。

 

父親が認知症が入り始めて、片付けができなくなっていること。

57歳で会社を早期退職した父親は、その頃、今と違い、何十万円もしたワープロ、パソコンを買い込み、使っていない機器が部屋に置きっぱなしになっていました。

 

新しいパソコンを買っているんだから、古いモノはいらないだろうと思うのに捨てられないのです。

 

買った時、高かったモノは捨てにくい。

そして、捨て方のわからないモノは、放っておかれる。

まさに教科書通り。

そこに面倒くさいが加われば、あっという間にモノだらけの部屋になります。

 

私ももう還暦ですが、後期高齢者の両親からくらべればまだ若く、フットワークも軽いので、父親を説得して電気屋さんに引き取ってもらったり、リサイクル業者に頼んだり...。

とりあえず、父親の部屋においてあった使っていない、パソコン・ワープロの類は処分しました。

 

でも、父親の部屋に山となっている紙類に手をつけるのは拒まれています。

戦争で父親が戦死し、経済的に苦しかった父親は大学を出ていないことがコンプレックスだったので、自分なりに調べたり、勉強することで乗り越えて来ました。

昭和の人間なので、情報が「紙」なのです。

色々と説得を試みましたが、そこだけは首を縦に振らない。

ですから、父親の聖域ととらえ、敢えて目をつぶっています。

 

それ以外のちょっとしたこと...例えばスマホの操作や銀行への同行などは手伝っています。

母親のゲーム専門になっていたパソコンもスマホを買ったので、いらなくなり処分。

 

私が手を出して、失敗したこともありますが、親のところに顔を出す頻度を高めたことは

親のためにも自分のためにも悪くなかったと思っています。

「人としゃべる」ことは精神的な健康のために必要だと実感しました。

 

そして、空の巣症候群から立ち直れたきっかけは、娘のお弁当箱を捨てたことでした。

 

あまりにやる気がおきなかった私ですが、ある日、食器棚の引出を開けて、そこに娘の高校時代から使っていた水筒やお弁当箱がその引出を占領していることに気づきました。

 

お弁当箱を手にして、毎日お弁当を作っていた日々が脳裏をよぎり、また、涙。

もう、あの日は昔になってしまったんだな。

不器用で泣いてばかりいたあの子ももう大人になったんだな。そして、また涙。

 

その時ふと、いつも整理収納アドバイザーの2級の講師をやる時に自分が言っている言葉が聞こえた気がしました。

 

「あなたにとって、必要なモノは使っているモノ。使っていなモノは必要ありません」

「迷った時、自分に訊いてみてください。『それは、いつ、使った?』...と」

 

お弁当箱を手にとって、「そうか。使っていたのは、もう、4年も前のことなんだな」

 

...次の瞬間、「じゃ、これ、もういらないじゃん」と、気づきました。

 

「ありがとうね!」と言って、袋にポイっ。

 

すると、何だか元気が出てきたのです。

 

「あ、そうか。水筒ももう使わないか。この水筒はいらないけど、こっちの水筒は私が使おう」

そして、水筒を一つ「今まで、ありがとうね!」とポイっ。

 

お弁当を包むナプキンもいらない。

おかずの容器ももうこんなにたくさんいらない。

 

こんな風に使わなくなった娘のモノを手放していったら、気持ちがスッキリして、シャキっとしてきました。

 

「子育て卒業」を受けとめることができた気がしました。

 

さ、次、私の人生のやり残しをやっちゃおう。

自分の好きがわからないんじゃ、興味を持ったことをやってみよう。

 

そう、気持ちを切り替えました。

 

モノを整理することで、無事、次のステージに上がることができたようです。

 

 

それでは、この辺で。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

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