突然ですけど、

 

自分の心の声聞く時間、って日頃持ってますか?

 

 

どうも、ふっしーです。

 

 

自分で自分の心の声ってなかなか聞く機会って、、、

ないですよね。

 

 

自分で自分が、今何をどう感じているのか。

 

 

というか今の自分の感情はどんな感情ですか?

と聞かれて「今こんな感情です」と答えられる人のほうが少ない、

というほうが正直なところなんじゃないでしょうか。

 

 

若い人なら

素敵な人にあってワクワクした、とか恋した、とか

 

社会人なら、

失敗した!成功した!出世した!とか

 

主婦の方なら、

子供がなにかやらかした!!

成長して進級して卒業して、とか受験に受かって!

 

とか、、、

 

色々あるから強制的に

いろいろ感じることは多いと思うけど、

 

 

社会人になってとか、学生が終わって社会人になって

時間が経ったりとかすると、上司に怒られでもしない限り?笑

というか、なにか特別なことがない限り、

 

そもそも

 

「自分の感情を感じさせられる機会はない」

 

っていうのが普通なんじゃないかと思うんです。

 

 

 

僕がかつて関わった、

今でも最も尊敬するメンターの元で働いていた時、

必ず1日の最初に

 

「感情のシェア」

 

というワークをやっていました。

 

 

朝とか、打ち合わせの最初に、今感じているコト、

今の心の中の状況を共有するわけです。

 

だからといって、それに対して配慮をするとか、

取り計らったり、打ち合わせの内容や議題に

なにか関係するわけではありません。

 

ただただ、その人の、

その今の状態を共有する、ということです。

 

で、だからって

 

「感情を感じる」

 

というのがなぜ重要なのか、というと、

ここは見解は人それぞれだとは思いますが、

自分としては、

 

自分で自分の感情の状態を自覚するコト、

自分で自分の感情の動きを把握する癖をつけることで、

 

 

「感情に流されてしまう」

 

という場面を少なくさせることが出来るのかな、

と感じています。

 

ついつい感情的になることが

「=悪いこと」だとは思いませんよ、もちろん。

 

 

 

ちなみに、「何も感じていない」というのも、

また感情の一部、というように思ってます。

 

というのも、本人の中でなにかごまかしていることや

目を向けたくないことがあって、

 

そこに焦点を当てないようにする時、

自分で自分の心を閉ざす、

 

「無感覚」

 

に入ることを選ぶ、ということは多いように感じるからです。

 

 

また、自分の感情にフォーカスを当てることで、

日々何かを学ぶにしても、

 

同じことを聞いて同じことを話ていていても、

受け取る器が違ってくるのかな、という気がします。

 

 

例えば、

 

あれ、なんで今自分は違和感を感じたのだろう、

すごく反論したいぞ、

この人間違ってる!?いい加減なこと言いやがって!

?でもこの怒りってなんだろう?

自分がこの分野を愛してるってことなのか?

いや、、そうではないかも、

だとしたら自分は、この人の今の、この意見に、

何をそんなに、苛ついてるのだろう?

 

そうか、自分はこの人のように自分の考えを形にする、

というところまで自分を追い込めていなくて

自分で自分に苛立っているのかもしれないな???

でも自分は今できないし、、、

 

なーんて、

 

受け取り方が出来るようになったりするわけです。

 

こうすると、どんなことを見たり聞いたりしても、

眼の前で起きている事象から学べることが変わってきますよね。

 

 

どんなことからも自分ごとを学べるというか。

 

まあ、こんな事考えてるやつは

めんどくさいやつですよ、笑

言ってみれば。

 

 

ということで、

 

当然、こればっかりするのがいいとは思いませんが、

たまにはこんなふうに見てみると良いかも、ということで。

 

 

 

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空いたときだけだけど・・・!