こんにちは、ふっしーです
皆さんの周りにも、自分の人生のステージをガンガン上げていく人と、
あれ?って感じでどんどん落ちぶれていく人って、いませんでしたか?
これって最近、次元上昇とか次元下降、
なんて語られていることがありますよね。
上昇についてはいろんな人がたくさんいろんな言い方で説明しているので、
ここでは逆に「次元下降」について語ろうと思います
実は最近、知人で、凄いチャンスをもらいながら、
それがモノにできなくて、
結果、そのメンター的な方から
プロジェクトの中止を言い渡されて、しかも、
そのプロジェクトの準備金を請求されて大ピンチになってしまう、
そんな状況に陥っていた人がいました。
(メンター的には、その彼がたるんでいたので、
ショック療法的な意味合いがあったようです)
その時ちょうど、その現場の近くにいたので、
彼がそれこそ、顔面蒼白で歩いてきたのを覚えています。
で、そうしたことには僕も経験があったので、
励ましと、どうしたらいいのかを自分の経験ではあるけれど
共有できたらと思って、帰りにカフェに寄ったわけです。
するとどうでしょう、
普段はエリートサラリーマン、的な雰囲気の彼が、
(実際、今年の3月に独立するまではエリートサラリーマンでした)
買ったばかりのジンジャエールを、
席に座ると同時に、豪快にこぼしてしまったのです
ぼんやりしていて、動きも遅い、、、、
ショックなことがあったのだから
当然なんでしょうけれど。
でも、まさにこれ、この瞬間こそ、
「次元下降」
なんですよね。
失敗そのものは元々、あってなかったチャンスなのだから、
いい経験で済んだ、と位置付ければ良いのですが、
人って感情があるので、なかなかそうはいかない。
チャンスをくれた方への申し訳なさ、
家族へなのか、友人、恋人なのか、チャンスを掴んだのちにしてあげたかったこと、
それらがなくなってしまった喪失感、
次元が上がるぞ!と意気込んでいたのに振り返れば何一つやりきれなかったであろう、自分への失望、
などなど・・・
さらに、現実の場合、フリーランスや独立してたりなんかすると、
そのプロジェクトに投資した時間分、収入がなかったりもするので、
経済的なピンチも訪れてしまうこともあります。
まさに泣きっ面に蜂。
茫然自失、ってやつです。
でも、そんチャンスを失った瞬間って、意外とダメージはなくて、
本当のダメージってその後だったりするんですよね。
つまり、
その彼のように、頼んだジュースをこぼしてしまう、
そんな「ミス」を自分で呼び寄せてしまう。
チャンスは逃した、でもそれは、
また狙うか、待つかすればいい。
でも、その逃したことに心をとらわれていると、
今しなければならないことや、
なんでもない日常の業務で失敗をして、
もともとあったものまで失いかねない・・・・
ここに
「逆に次元を下げてしまう」
という現象が起こるような気がします。
まさに、自分もかつてそうだったので、
こぼれたジュースを処理するために、
モップを持って駆けつけてくれた店員さんを
力なく呆然と見下ろしていた彼に、
拭き終わってその場が落ち着いてのち、この話をしました。
今はジュースだけど、これが仕事で、もしくは家族でのことだったら?
今はワンクリックで顧客リストを消去できてしまう時代です。
実際にあった話ですが、徹夜続きで頑張っていた友人が、
メールを配信するために、ぼんやりした頭で
会社の配信システムにログインして、配信の設定をしていたつもりが、
なんと顧客のデータを全てディレイトしてしまった・・・・
そんなことがありました。
幸いサーバー側でバックアップデータが残っていたので、
窮地は免れましたが、ともすれば、あわや
「会社が潰れるかも!?」
クラスの危機だったと言います。
また、普段は研修講師として全国各地を飛び回る
元大手企業の幹部職だった方の話。
休日のある日、重要な仕事で、あまり出来がよくなかった為に、
その仕事を気にしながら、まだ幼いお子さんの面倒を見ていたそうです。
ベビーカーにお子さんを乗せて、スピードを出して
振り回す、お気に入りの遊びをしている最中、
その日に限って少し過剰なスピードが出て、
お子さんをベビーカーから落としてしまい、、、、
幸い障害は残りませんでしたが、
今でも通院しているとのこと。
そんな風に、一つの失敗に感情的に引きづられているうちに、
失敗が失敗を連れてきて、元々持っていたもの以上のものを失ってしまう、、、
こんなものが、
次元下降の一つのケースなんだと思います。
なので、僕がその時、彼に言ったのは、
「こんな時こそ、明日、そのメンターに、謝罪と同時に、リカバーの策を提案するんです!」
というようなことを話したと思います。
失敗することは仕方がないと思います。
でも、要はその後。
正直言って、そうしてすぐに改善策を提案したとして、
すぐにそんチャンスがもらえるのかというと、
可能性は低いでしょう。
でも、それでもいいんです。
チャンスをくれたメンターに対しては、
腐っていないことを示す意味で
心意気を見せることが大切なのと、
自分自身の立て直しのために、
すぐに行動を起こすことで感情とのつながりを一旦切る、と
いう効果があるからです。
ちなみに、自分にしろ他人にしろ、そんな風に
人生の転機になるようなチャンスの場面って
なかなか見かけなくなりますよね。
だから周囲の人との格差が見えにくくなる。
同じようなノリの人と付き合っている状態。
でも子供の頃って結構格差みたいなの見かける機会がありました。
特に小学生の時なんて、その差って鮮明でしたよね。
成績の良いやつは一貫してよくて、
悪い奴は悪い、それこそちびまる子ちゃんみたいな。
クラスの中に優秀なやつ金持ちなやつ、貧乏なやつ、バカなやつ、みたいな子がいて、笑
でも、中学校や高校に入る頃には進学したり、そもそも働き始めたりして道が分かれていく。
大人になるにつれてその格差は目にする機会が少なくなって行く。
どうして大人になるとその差が見えにくくなるのかというと、
特に小学生の頃なんかは、
家庭の出自による差、というような先天的要素による
セグメント分けがまだ曖昧だからかなあと思います。
ということで、もし今後、あなたの身になにか
チャンスを逃した!失敗した!なんてことがあったら、
そんな時は慌てず次の手を打つ!
というところにフォーカスしてみてくださいね。
ではでは。
