先日、ELM勇気づけコミュニケーション講座を受講して、ゆるゆるとmissionに取り組んでいる
あゆのすけです。
子どもたちと一緒に寝ていたのですが、夜中にふと目が覚めました。
これは『今日の気づきを書きとめよ!』ということなのかな?と思い、以下にずらずらと書きとめたいと思います。
7月に新潟で行われた、原田綾子さんのグルコンに参加させていただいて、潜在意識について少し学びました。
『目の前のイラつく人は、自分の鏡』
という言葉が印象に残りました。
私の職場の上司、すごい暴言を吐いたり機嫌が悪かったり…と、とにかく職場の雰囲気が悪い。
けれど、目の前のイラつく人は私の鏡だから、この上司が現れたということはどういうことかな?とずっと考えてきました。
→私がイラついているのかな?
→もっと暴言吐いていいんだよのメッセージ?
でも、この2つは何だかしっくりこない。
でも、今日、
ついに、気づいてしまったかもしれません。
上司がなぜ私の前に現れてくれたのか。
私は、過去、兄弟に対してひどい暴言を吐いていました。両親や祖母に対しても。いじめをしたこともあります。そして、勇気づけを学ぶまで、気が合わないなーと思った人に対して悪いところにしか目が行かなかったり、不機嫌だったり、調子がいいときと悪いときの差が激しかったり…。ここに書いているだけでも、恥ずかしくて仕方ないことだらけでした。
そんな自分を知る人から逃げるように、高校、大学と、実家から離れるようにどんどん遠い遠いところへ行き、その度、新しい自分になれるような気がしてきました。でも、根本は変わらないので、結局同じことを繰り返したり、嫌な自分のままでした。
今でこそ、家族とは和解して、良い関係になっている気がしますが、暴言を吐いたりいじめをしていたり、不機嫌で感情の起伏が激しかった自分が、恥ずかしくて、惨めで、情けなくて、許せなくて。
そういうことをすることでしか自分の存在をアピールすることができなかった、そんな自分が大嫌いで、そんな自分がいたことをなかったことにしたいと思っていました。
勇気づけを学んで意識しているとはいえ、子どもや主人に対してもときどきそういう大嫌いな自分が出てくることがあります。
そんな自分がどうしても許せない。
あー、私は、
過去の私が許せないんだ、
過去の自分と結局同じことをしてしまう自分が許せないんだということに、やっと気付きました。
先日のELM講座で、ごとうようこさんが、おっしゃっていたこと
『マイナスの感情も、オッケー👌』
『マイナスの感情をためたまま、自分の勇気のコップの水を満タンにしても水はにごったまま』
『マイナスの感情も認めてあげると浄化される』
ということともつながり、
『過去の私のことを許す』
ことにしました。
『そんな風にしか自分を表現できなかったんだね』
『ずっとずっと心にしまいこんでいて辛かったよね』
『失敗いっぱい大歓迎だよ』
と、インナーチャイルドに話しかけて、よしよししてあげたくなりました。
きっとまた一つ世界が変わる気がします。
綾子さんのおっしゃっていたように、
『世界は優しい』と信じて、
前向きに進んでいきたいです。