こんにちは!
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精神科医&3児ママの
伊豆はるかです。
学⽣時代に起業
→28歳医学部
→33歳で精神科医
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【伊豆はるかプロフィール】
こんにちは。
伊豆はるかです。
今日から七月に入りましたね。
七月一日は、
国民安全の日だそうです。
1960年に制定された、
日だと言われています。
事故や災害から命を守る、
意識を高める日です。
最近、地震が続いていますね。
昨日も、揺れを感じました。
家族には、誰にも、
信じてもらえませんでしたが。
今日はその話を、
ゆっくりお届けしたいと思います。
国民安全の日に、考えてみたいこと
七月一日は、
国民安全の日です。
事故や災害への備えを、
考える日とされています。
日本はどこにいても、
安全とは言えない国です。
山の近くなら土砂崩れ、
川の近くなら洪水もあります。
海抜の低い場所では、
津波の心配もあります。
ここなら絶対に安心、
という場所は少ないのかもしれません。
昨日も、小さな地震がありました。
家族には、誰にも、
信じてもらえませんでした。
でも、確かに揺れを感じました。
地震、雷、火事、親父と、
昔から言われてきました。
その中でも、日本で暮らす限り、
地震は身近なものだと思います。
阪神淡路大震災の記憶
私は神戸で育ちました。
阪神淡路大震災で、
町は形を変えてしまいました。
通っていた小学校の校区も、
大半が被害を受けました。
三宮のセンター街も、
その時は大きく壊れました。
父の住んでいたマンションも、
一階が潰れてしまいました。
父は二階に住んでいたため、
命は無事でした。
窓から逃げて、
近くの住人を助けたそうです。
その後、近くの小学校へ、
避難したと聞いています。
地震のあと、
火事が広がった場所もありました。
建物が崩れるだけでなく、
町の様子そのものが変わってしまう。
それを実際に見て、
地震の恐ろしさを知りました。
今でも、当時のことは、
鮮明に覚えています。
東日本大震災の記憶と、これからの備え
東日本大震災の時は、
実家の近くにいました。
そこでも、大きな揺れを感じました。
夫の実家は東北にあります。
長く停電が続いたと聞いています。
一人暮らしの友人たちも、
実家に避難してきたそうです。
夫は心配で、
地元行きのバスに乗り、
実家へ向かいました。
止めましたが、
聞いてもらえませんでした。
地震は、始まった時点では、
その先がわからないものです。
命も、町のかたちも、
一瞬で変えてしまうことがあります。
だからこそ、
日頃からの備えが、
大切だと感じます。
建物の中にいて、
崩れる夢を見ることも、
今でもあります。
今日という日に、
事故や災害への備えが、
できているか、
考えてみてください。
それでは、今日も一日、
行ってらっしゃい。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。
Enjoy★マルチライフ
伊豆はるかでした!
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