秋の奈良詣で記録⑤ ~蔵王堂でとも祈り~ | 泉のほとりへ

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** 神社仏閣で感じたこと、嬉しかったこと、日々のことなどを気ままに綴っています **

 

こんにちは、いまひろです。

 

お越しいただき

ありがとうございます(*^-^*)

 

 

やっと10月の奈良詣で編を書き終えれるー。

更新が ”たまに” すぎて

春旅(九州・四国)に戻れるのだろうか…😅

 

 

 

<奈良>

・室生龍穴神社

・大神神社

・長谷寺(朝勤行)

・源九郎稲荷神社

・安倍文殊院

・宗像神社  

・外山(とび)不動院

・金峯山 蔵王堂(正午の祈りに参加)

 

 

 

 

 

 

奈良詣での締めくくりは

蔵王堂で参加させてもらった

正午の祈り(とも祈り)でのこと。

 

 

 

 

毎日行われていた護摩焚きが

コロナ禍を受けて、皆で祈る「とも祈り」に。

金峯山寺では毎日正午より蔵王堂において

護摩供が修法されています。

https://www.kinpusen.or.jp/info/2021/detail-210315-03.html

 

 

 

 

 

 

 

護摩壇の奥には

役行者様と前鬼・後鬼様がおいでで、

うれしさいっぱいのご挨拶♡ m(__)m

 

 

 

嬉しいことに、今回は

護摩供と同時に 太鼓と読経が

行われていました。😆ヤター!!

 

 

コロナ禍のなかで、

静かな護摩供になっていたとも祈り。

ようやく元に戻ったのかな♪

 

 

年に1~2回参加するだけなので

常時そうなのか、また

そうであったのかは 定かではないですー

 

 

錫杖が金ピカ色に変わってた!

(写真は春に撮ったぶん)

 

 

 

 

お護摩では

何度も胸が震えて涙が出たんだけど

 

 

ことさら胸が震えて 涙ダバー!←

となった言葉がありました。

 

 

「天地の神と同体なり。」

 

 

 

 

護摩供のはじめに

六根清浄の祓詞で唱えられていた

「六根清浄なるが故に

天地の神と同体なり」の部分。

 

 

 

 

その意味を測りかねていたところ

やって来ました。

これだよ、と(笑)

2年前の記事が「イイネ」されてた。

 

 

 

 

 

以前に

酒井雄哉(さかいゆうさい)さんの著書
「一日一生」

の中の言葉に反応し、

大泣きしたことがあって。

 

 

「自分の中に仏さんがいる」

というものなのだけど

改めて、それを伝えられたのかな?

 

 

 

 

 

神社にいなくても

神さまのことを想うと繋がる感覚に、

 

まるで自分のなかに

神さまがいるみたい

 

と思っていたところに

蔵王堂でのお言葉で。

 

 

 

 

美味しいと思って食べたものは

神さまへの供物になるんだよ上差し

 

 

って少し前に教えてもらったんだけど

これも同じようなことなのかなぁ。

 

はあ…

「神さまゴメンナサイ」な生活しまくりだよぼけー

 

 

 

 

 

 

とも祈りが終わり、

僧侶の方からのお言葉(説法?)のなかで

 

 

1回のお祈りで

その日 一日、神仏とつながっています。

だから、毎日お祈りしたら

365日ずっとつながっていられますよ上差し

 

みたいなお話がありました。

 

 

 

 

 

 

夏場からのダラリン生活で

「こんなんでいいのか!?」と

自分の高低差の振り幅に

悶々してたので

「なるほどな~」と思ったのでした。にやり

 

 

ダラリンでもいいから

この世界のために出来るコトを

一つでもやっとこう、みたいな…w

 

 

 

 

 

光とともに。

今日も世界はうつくしい